たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。
テキーラというお酒にどんなイメージをお持ちだろうか。「アルコール度数が高く、悪酔いする」「パーティーや罰ゲームで一気飲みしたことがある」。どこで刷り込まれたのかわからないのだが、日本人の多くはそんなイメージを持っている。出版社で女性雑誌の編集者をしていた伊藤裕香さん(41)も、そうだった。
だが11年前、仕事でヘトヘトになって、立ち寄ったバーで飲んだテキーラのおいしさに衝撃を受けた。クラブや飲み会の席で、ショットと呼ばれる小さなグラスでキンキンに冷えたテキーラを一気に流し込んだことはあったが、味は印象に残らなかった。この日、出されたテキーラを静かに味わうと、ほのかに甘く、さわやかだった。香りもいい。その日、伊藤さんは杯を重ね、テキーラと恋に落ちていった。「世間が抱くテキーラの誤解を自分が解いてあげたい」。そう思った。

伊藤さんが出版社を辞め、東京・大井町にテキーラバー「Gatito(ガティート)」をオープンさせたのは2013年のこと。駅前のにぎやかな商業エリアから住宅街へと向かう線路沿い、ドアを開けて入ると、黒板いっぱいに小悪魔など、いろんなテキーラのラベルをモチーフにしたイラスト、カウンターの周囲には300本以上のテキーラが置かれている。

テキーラは、「アガベ・アスール(ブルーアガベ)」というリュウゼツランの一種を原料とするメキシコの蒸留酒。蒸留した後に、ウイスキーのように樽(たる)で熟成させるものもある。デンプンを蓄え、丸く成長したアガベの球茎に由来する独特の香りは共通するが、熟成期間が長いものから短いものまで。
オーク樽での熟成が2か月未満の無色透明な「ブランコ」はフレッシュな香りと味わい。さらに、熟成2か月以上の「レポサド」、1年以上の「アネホ」、3年以上の「エクストラ・アネホ」などと分類され、アネホやエクストラ・アネホはウイスキーのような琥珀(こはく)色で、奥行きのある複雑な味わいを醸し出す。
「『一気飲みのお酒』という誤解は今すぐ改めてほしい」と伊藤さん。テキーラはおいしくないと思っている先入観を持った人が多いせいだろう。店に初めて来た人はみなテキーラを飲むと、「こんなにおいしかったんですね」と口にする。

テキーラは、アガベ・アスール以外にサトウキビなど他の原材料を49%まで使うことが認められているが、伊藤さんがオススメするのはアガベ・アスールのみを使った「100%アガベ・テキーラ」だ。土地の自然環境(テロワール)が味わいに反映されやすく、二日酔いにもなりにくいのだという。

伊藤さんの店では、タコスやナチョスといったメキシコ料理だけでなく、ギョーザやカレー、ガパオライスといったフードも提供する。看板メニューのギョーザには、唐辛子の一品種・ハラペーニョとラム肉、スパイシーなエビを使ったトムヤンクンなど、様々な具を工夫して入れている。「テキーラのいろんな可能性を知ってほしいですが、その一つが食中酒としての楽しみ。いろんな料理に合うんです」
最近力を入れているのが、鮨(すし)とテキーラの組み合わせ。雑誌の編集者時代、ハワイで一週間に42軒の飲食店を取材して回ったとき、鮨バーに行った。テキーラを使ったカクテルのマルガリータに、ハラペーニョを使った鮨を合わせていて、その相性の良さに驚いた。帰国後、プライベートでお鮨屋さんに行くときは、テキーラのボトルを持ち込ませてもらっていた。最近、みんなにも楽しんでもらおうと、スペースを貸し切り、仕出しの鮨職人に握ってもらい、いろんなタイプのテキーラを合わせて、参加者にペアリングを楽しんでもらう「鮨テキ」イベントを始めた。
「テキーラ単体だと、『強いお酒なんでしょ』と取っつきにくい方が多い。お鮨を入り口に、テキーラに親しんでもらう場をつくっていきたい」。ボトルを抱えて全国を行脚する日々が始まっている。(クロスメディア部 小坂剛)

「ハイボールには、アガベの生産農家が作るオリジナルブランド『ドン・ナチョ』のレポサドタイプのテキーラがおすすめ。チョコレートのような樽の香りや原料由来の甘さが楽しめます。氷を満たしたグラスにテキーラ45mlを注ぎ、よく混ぜます。氷に当てないように炭酸100mlを注ぎ、マドラーで底の氷を持ち上げるように、縦にゆっくりと1回混ぜればできあがり。
これにアボカドを使ったおつまみを合わせます。アボカドを半分に切り、種をとって薄くスライス。お皿に並べ、 オリーブオイルをかけて、塩・コショウをひきます。タヒンやチリパウダーなど、好みのスパイスをプラスしてもいいでしょう。アボカドのクリーミーなコクが、さっぱりしつつもミルキーな甘さを持つドン・ナチョに合います」
【伊藤裕香】1978年生まれ。東京都出身。学生時代、バーでアルバイトしたことがきっかけで、蒸留酒の魅力に目覚める。出版社に14年勤務したのち、2013年に脱サラでプレミアムテキーラバー「Gatito」(http://gatito.jp/)、2015年に「Elote」(那覇市)を開業。日本テキーラ協会認定グラン・マエストロ・デ・テキーラ。日本メスカル協会認定メスカレロ。趣味は秘湯巡りで、温泉ソムリエの肩書も。テキーラグッズのオンラインショップ(https://bargatito.thebase.in/)を運営。
<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。
→「うれしいときも悲しいときも~テキーラの誤解解きたい(下)」
←前編「欧州の息吹伝える魂の一杯〜浅草の扉で味わうコニャック(上)」