たとえ外出できなくても、おいしいお酒を楽しみたい。一日の終わりに、休日の昼さがりに。居間や寝室、縁側で。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語と、通の家飲みをお届けします。

カウンターからお酒と宗教をテーマに講演する中瀬さん(Bar篠崎で、今年2月撮影)

キリスト教を知らないと洋酒がわからない

 お酒は嗜好(しこう)品でなく、人体を健康にする「薬」であり、神と交流するための「聖なる液体」だった。2月中旬、シェリー酒専門家の中瀬航也さん(48)が、千葉県船橋市の中心部にある「Bar篠崎」で開いた「宗教とお酒」の講演を聴き、お酒が歩んできた長い旅路に思いをはせた。
 中瀬さんはカウンターの中に立つと、「キリスト教がわからないと、洋酒のことは分からないんです」と切り出し、古代・中世からの酒と人類とのかかわりを語りはじめた。
 この日、参加者に提供されたのは、高足グラスに入った琥珀(こはく)色のシェリー。シェリーは、ブランデーを加えてアルコール度数を高めて日持ちするようにした酒精強化ワインだが、その製造は欧州の一部にとどまった。中瀬さんは「この優れた技術がなぜ世界中に広まらなかったのかと疑問に感じ、宗教とお酒というテーマに興味を持ちました」と言った。バックバーに並ぶウイスキーやブランデーのボトルを背に堂々と語る様子はさながら「酒の伝道師」だ。

カクテルが欧州より米国で盛んなわけ

 シェリーはワインにブランデーを加えて造るが、ワインはキリストの血とみなされ、カトリックの世界では不用意に混ぜるべきではないとされた。また、ブランデーはワインを蒸留して造るが、中瀬さんによると、「蒸留は、人間から魂を抜く行為に等しく、神のみに許される」と考えられた。このため蒸留酒であるブランデーをワインに混ぜて造る酒精強化の製法は、カトリックの価値観と相いれずに普及しなかった可能性があるという。
 カトリックの価値観に縛られないプロテスタントの普及とともに、蒸留酒は世界中に広まった。カクテルがプロテスタントの国・アメリカ合衆国でヨーロッパより盛んになったことも、同じ要因が関係していると、中瀬さんはみる。
 また、強い香りをもつ香辛料は薬効をもたらすと考えられ、香辛料を扱う商人が薬剤師となり、彼らがブランデーに香辛料や薬草を加えて調合したリキュールは、ルイ14世時代のフランス宮廷では強壮剤や媚薬(びやく)として流行した。
 薬と酒が分かれていくのは19世紀半ば以降。だから、中瀬さんに言わせれば、「バーテンダーのルーツは薬剤師、バーの源流は薬局」。日本でもワインが薬とみなされていた時期がある。「いやー、この間は飲み過ぎちゃってね」という人に、中瀬さんは言う。「大丈夫ですよ。もとは全部薬なんで……」
 古代ギリシャで、世界の根源は「火・水・空気・土」の四元素にあるとする説が唱えられたが、その次の5番目の要素として「アルコール」を考える人々がいたという。中瀬さんの話を聞きながら、思い出したのは、ペストの流行した14世紀、飲めば病気にかからないとしてヨーロッパで「命の水」と呼ばれた蒸留酒が広まったという説。そして、新型コロナウイルスの流行で品薄になった消毒用アルコールの代替として、アルコール濃度の高い蒸留酒が飲食店やスーパーに置かれた。生命とアルコールはどこか根本でつながっている。

中瀬さんが大切に飾る市野さんの写真

シェリーで歴史好きに

 中瀬さんには、銀座のシェリー専門店「しぇりークラブ」で働いていた頃、客として訪れた市野さんという神戸のバーテンダーにいろいろ質問され、全く答えられなかった苦い記憶がある。それまで、客から何を聞かれてもたいていのことは答えられていたのだが……。例えば、焼き鳥やうなぎのたれのように、古い酒を入れた樽(たる)に、比較的新しい酒を継ぎ足し、ブレンドしながらシェリーを熟成させるソレラという製法がいつ始まったのか。
 そう問われ、答えに詰まると、博識な市野さんは「もっと歴史を勉強せな、あかんな」と声をかけ、店が終わると、朝まで一緒に飲んでくれた。

中瀬さんが今も更新を続ける年表

 「このまま終わるのは悔しい。いずれわかると思うんで宿題にさせてください」。そう言って市野さんと別れた翌日から、歴史年表を作り始めた。本を読んでは年表に書き込む。20年近くかけて、出来事を書き込んだワードは700ページを超えた。感想や疑問点を書き入れ、今も更新を続ける。高校時代まで歴史は大嫌いだったが、今では大学やワインスクールにお酒や料理の歴史に関する講師として呼ばれる。2003年に「シェリー酒 知られざるスペイン・ワイン」(PHP研究所)、17年に「Sherry」(志學社)を出版した。今年4月に新型コロナウイルスの影響で店を休業すると、客のいない店内で、これまで蓄積したシェリーの銘柄ごとの蘊蓄(うんちく)を本にしようと執筆し始めた。
 シェリーは白ワインという醸造酒とブランデーという蒸留酒からできているので、醸造と蒸留を理解しないとわからない。酒が生まれた社会的な背景や歴史、宗教まで調べることになる。「いろんなことが勉強できて、超面白いと思った。本に書いていないことを調べれば、それは自分しか知らないこと。お酒はいろんな世界に関心をもつきっかけ。そういう意味で一番面白いのがシェリー」。歴史の楽しさを教えてくれただけでなく、人生の扉を開いてくれた。(クロスメディア部 小坂剛

マンサニージャに刺し身

<中瀬航也の家飲み>……マンサニージャに寿司・刺し身

 暑いときにオススメなシェリーが、冷やしたマンサニージャ。スーパーなどで売っているパック詰めの寿司(すし)や刺し身にとても合います。お刺し身に日本酒を合わせる感覚でお試しを! 冷蔵庫で冷やしておいて、ストレートでもいけるし、ソーダやトニックウオーターで割ってもいけますよ。
 マンサニージャとフィノというカテゴリーは透明で辛口。シェリー特有のフロールという酵母の働きで糖分が少なく、世界のワインの中で最も辛口といっていいでしょう。「ヒターナ」という銘柄が有名で、入手しやすいです。

【中瀬航也】
1971年生まれ、神奈川県横須賀市出身。駿台トラベル専門学校卒業。学生時代から飲食の世界に入り、銀座のシェリー酒専門店しぇりークラブの店長などを経て、2014年から東京・五反田で「Bar Sherry Museum」を営む。
https://sherry-museum.jimdofree.com/

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし)読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

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