たとえ外出できなくても、おいしいお酒を楽しみたい。一日の終わりに、休日の昼さがりに。居間や寝室、縁側で。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語と、通の家飲みをお届けします。

シェリー酒専門家の中瀬さん

ティオ・ペペは有名でも……

 シェリー酒専門家として講演や執筆を続け、東京のJR五反田駅近くでシェリー酒専門バー「Bar Sherry Museum(バー・シェリー・ミュージアム)」を営む中瀬航也さん(48)。初めて中瀬さんに会ったとき、「シェリーのことは全くわからないんです」と伝えると、こう切り返された。「大丈夫です。わかる人はいないんで。詳しい人がいたら紹介してほしいぐらいですから」
 日本で最も有名なシェリーの銘柄はティオ・ペペ。吉田茂・元首相やその息子で作家の吉田健一、俳優の勝新太郎や石原裕次郎、松田優作も好んだ。最初にシェリーが日本に伝わったのが17世紀前半と古く、宮中の晩餐(ばんさん)会やお茶会でも供された由緒正しい酒だが、そもそもどんなお酒なのか、意外に知られていない。そのシェリーと中瀬さんは、20年以上付き合い続けている。

大航海時代支えた白ワイン

 シェリーは、南スペイン、アンダルシア地方でつくられる白ワインにブランデーを加えたお酒。ブランデーを加えてアルコール度数を高める酒精強化という製法で、長期の保存を可能にした。マディラワインやポートワインとともに酒精強化ワインと呼ばれる。飲み水の確保が死活問題となった15世紀に始まる大航海時代、飲料水代わりに船倉に詰まれ、欧州からアメリカ新大陸や赤道を越えてインドへと向かう長期の航海でも腐敗しないから重宝された。

 中瀬さんの著書「Sherry」(志學社)によると、マゼランが1519年に世界周航の旅に出た折、5隻の船には「253樽(たる)と、417の革袋入りのシェリー」が積み込まれた。1611年、スペイン領だったメキシコから日本にやってきた太平洋艦隊司令官のヴィスカノは船にシェリーを積み込み、日本人にふるまった。フランスからワインが入りにくくなった時代、イギリス人が代わりにシェリーを飲んだことから、シェークスピアの作品にも登場する。通好みのスコッチウイスキーの熟成には、シェリーを寝かせ、その残り香のついた樽が使われる。歴史とロマンにあふれたお酒なのだ。

様々なラベルや形をしたシェリーのボトル

透明な辛口もあれば茶褐色の超甘口も

 「これぞシェリー」という代表選手はいない。透明で辛口のマンサニージャ(マンサニーリャ)やフィノ、琥珀(こはく)色で豊かな香りのアモンティリャード(アモンティリアード)やオロロソ、極甘口のモスカテルやペドロ・ヒメネス、これらをブレンドした中甘口のミディアムや甘口のクリームなど。色も味も香りも多彩。白ワインの名残をとどめつつ、そこに合わさる酸味や苦みだったり、甘みだったり。出汁(だし)のような味わいさえも現れる。どれを飲んでも、「これこそがシェリーです」と言われれば、納得してしまうほど、明確な個性がある。

シェリーとの出会いを振り返る中瀬さん

「ブドウは何ものかを考えよ」

 目の前は大型船が行き交う東京湾、後ろは防衛大学校。神奈川県横須賀市で育った中瀬さんは船と旅行、動物が好きな少年だった。高校卒業後に旅行関係の専門学校に通い、東京湾クルーズの客船で配膳のアルバイトを始めた。まだバブル景気の頃、船上で芸能人の新曲発表や結婚式といった華やかな世界を間近で見て、飲食業にひかれていく。
 最初に志したのがワインの専門家。ソムリエの資格も取った。銀座のレストランとワインバーを経て、三田の仏料理レストラン「シュヴァリエ」で修業した。オーナーは、フランスの産地で幾つもの称号を贈られた日本屈指のワイン通、太田悦信氏(故人)。店でアルバイトしながら、「ワインを勉強したいならワインの本を一切読むな、ブドウが何ものかを考えろ」という太田氏の言葉に衝撃を受けた。銘柄に先入観を持たず、ブドウの育った環境に思いをはせ、ワインそのものを見極める姿勢が大事と知った。客の到着前にワインを開栓し、同じボトルでもグラスを替えることも……。最先端の技術とサービスを学んだが、他店では不可能なことも多かった。日本にはソムリエが多すぎる。そんな話も耳にし、ワインの専門家として食べていくのは難しいと感じ始める。

ワインの方程式があてはまらない世界

 銀座のシェリー酒専門店「しぇりークラブ」で働いたことで転機が訪れた。ワインは産地、ブドウ品種、ビンテージ(ブドウ収穫年)、造り手で整理されるが、シェリーの生産地はスペインの一部地域のみ。ブドウの品種も限られ、ビンテージもない。「ワインみたいに『産地はここじゃなきゃ』とか、ウイスキーみたいに『樽はこれじゃなきゃ』と難しいことを言う人がいないのも良い」と中瀬さんは笑みを浮かべた。
 使われるブドウは3品種(パロミノ、ペドロ・ヒメネス、モスカテル)、産地は南スペイン、アンダルシア地方のヘレス周辺のみ。「それなのに60数社で1000種類近いラベルがあり、なんでこんなに違うんだろうという面白さがある。ワインの方程式があてはまらない世界が面白くてシェリーにはまっていったんです」。ワインと違い、シェリーは保存が容易で、熟成を待ったり、前もって開栓したりする手間もない。
 当時、シェリーに詳しい人はほとんどいなかった。「これはチャンス」と中瀬さんはとらえた。国内外の文献を読み込み、スペインを訪れてはボデガと呼ばれるシェリーの製造所・貯蔵蔵を見て回り、知識を蓄えていった。(クロスメディア部 小坂剛

オロロソをベースにしたクリームとカレーの組み合わせ

<中瀬航也の家飲み>……カレーにオロロソ、馴染むおいしさ

 シェリーのなかで、オロロソや、オロロソをベースにしたクリームというカテゴリーは、カレーによく馴染(なじ)みます。オロロソに含まれるソトロンという成分が、カレーに欠かせないスパイスのフェヌグリークと相性がいいからとも考えられます。欧風カレーやインドカレーにもぴったり。レトルトのカレーでもOKです。ただ、タイ風カレーとは相性がよくありませんので、ご注意を!
 オロロソは辛口に分類され、室温で飲むのに適しています。クリームは極甘口のシェリーをオロロソにブレンドした甘口。やや冷やしめに飲むのがいいでしょう。安いものは1本2000円程度から、オンラインショップで入手できます。

【中瀬航也】
1971年生まれ、神奈川県横須賀市出身。駿台トラベル専門学校卒業。学生時代から飲食の世界に入り、銀座のシェリー酒専門店しぇりークラブの店長などを経て、2014年から東京・五反田で「Bar Sherry Museum」を営む。
https://sherry-museum.jimdofree.com/

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし)読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→次回、「これも?あれも?シェリー〜バーテンダーのルーツは薬剤師です(下)」
←前編、「古里をリンゴで元気に〜シードル王子の願い(上)」

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