「SG Airways機長」としてペアリングのカクテルづくり

 たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

旅のできない日常に

 中国と日本で5店のバーを営む「SG Group」創設者で、バーテンダーの後閑信吾さん(37)は年初まで、毎週のように飛行機で世界各国、日本各地を飛び回っていた。だが、新型コロナウイルスの流行が拡大すると状況は一変、海外渡航ができなくなり、予定していたニューヨーク初出店も中断を余儀なくされ、4月から5月にかけては都内の店も通常営業できなくなった。考えた末に始めたのが、カクテルとフードで世界を飛び回る気分を味わってもらう「旅」だった。
 「こんな時期、みなさん旅に行かれていないと思いますが、カクテルと料理を通じ、いろんな国に行ったような気分になっていただければと思います」

 9月初旬、「The SG Club」(東京・渋谷)の地下に集まった約10人の客に、「SG Airways」と印刷されたボーディングパスを配って、そう挨拶(あいさつ)した。「ファーストクラス」のこの回は、11か国の料理と、それに合わせたカクテルを楽しむ趣向だ。

フードとドリンクの説明が書かれたボーディングパス

11か国の料理とカクテルが次々

 最初の到着地はフランス・リヨン。フォアグラとカカオを使ったデザートに、コーヒーとトマト、貴腐ワインを組み合わせたカクテルのペアリング。続いてシェリー酒と小皿料理「タパス」の本場・スペイン、麻婆(マーボー)豆腐発祥の地・中国、キャビアとボルシチの国・ロシア……。舞台を変え、各地の食材やレシピを使ったフードとカクテルが次々に登場する。盛りつけや器、カクテルの素材、後閑さんが披露するパフォーマンス、BGM……。フード一品とカクテル一杯に工夫やサプライズが凝らされている。驚きの連続の2時間だった。

ぶどう由来の原料を使わず、ワインのフレーバーを表現したカクテル・イモノワール

 メインディッシュは、米国・ニューオーリンズにあるフランス植民地時代の雰囲気を残したエリア「フレンチクオーター」で、ジャズを聴きながら味わう、熟成トンカツにウナギ、オイスターをパンで挟んだポボイ。ポボイは、シーフードフライなどをパンに挟んだニューオーリンズのソウルフードだ。ボリュームたっぷりだが、カリッとして油っぽさを感じさせない食感で、麦焼酎に2種類のカクテルを組み合わせたドリンクと絶妙なハーモニーを奏でる。行きたかった場所に、ようやくたどり着いたような幸福感がこみ上げてきた。

ニューオーリンズのソウルフード・ポボイ

すべてのカクテルに焼酎

 「SG Airways機長」の後閑さんは、カウンターでほとんどのカクテルを自ら作り、料理とカクテルを解説し、その合間に客席を巡っていた。客の1人は外国人で、後閑さんが日本語で説明する度にそばへ行き、英語で繰り返した。
 すべてのカクテルに使われていたのが、国内の焼酎メーカー3社と共同開発した焼酎ブランド「The SG Shochu」。「焼酎ほどフレーバーが豊かなスピリッツはないし、これほど色々な料理に合うお酒もない。日本の酒造りは世界でもっと評価されていい」というのが、後閑さんの持論だ。
 ニューヨーク時代からペアリングは得意だったが、料理とカクテルの「世界旅行」というアイデアは、「普段だったら絶対に思いつかなかった。僕自身ずっと旅をしてきたが、コロナでできなくなったからこそ、やってみようと思った」。

ベネンシアというシェリーを注ぐ道具を使ってカクテルをサーブ

3年以内に海沿いにラボを

 休みの日、後閑さんは神奈川・茅ヶ崎の海岸近くにいた。「海に来ると頭が完全にリセットされる。ふだんは何をしていても、だいたい仕事のことを考えてしまうから」と笑顔を見せた。
 新たな日常を送る中、次のプロジェクトのアイデアを練っている。

茅ヶ崎の海岸近くでくつろぐ後閑さん

 客の注文に素早く応えるため、The SG Groupのバーでは、フルーツやスパイス、ハーブといった素材のエキスを抽出し、日持ちする透明な液体にして保存しておく仕込み重視のスタイルを採用している。カクテルメーキングにスピードが求められるアメリカのバーでの体験から、後閑さんが編み出した技術だ。こうしたノウハウを使い、「保存可能なカクテルをホテルやレストランに納入するラボ(研究所)を作りたい」と考えているのだ。
 「ラボであり、バーやカフェ、オフィスでもあり、我々が働いている舞台裏をお客さんにものぞいてもらえるような空間を、3年以内に作りたい。夜はバーベキュー、昼はサーフィンを楽しめるような海沿いの場所に……」
 湘南の海を眺めながら、後閑さんは、秘密基地の建設をたくらむいたずらっ子のような表情を見せた。(クロスメディア部 小坂剛)

ミクソロジスト、堺部雄介さんの考えたソニックジェネレーター

後閑信吾の家飲み】 今年5月、家で楽しめる「The SG Shochu」を使った家飲みカクテルを募集し、300以上の応募がありました。紹介するのは優勝作品のカクテル「ソニックジェネレーター」。京都のレストラン「LURRAº」(ルーラ)で、新鮮な素材を用いて自由な発想でカクテルを作り出す「ミクソロジスト」の堺部雄介さんが考案しました。麦焼酎30mlに、ミネラルウォーター15mlを混ぜ、冷蔵庫で一晩寝かせます。この前割りへ、本みりんを7ml加え、濃い口しょうゆを一滴。氷を入れてゆっくりとかき混ぜ、オレンジピールを絞れば完成です。焼酎にみりんを加え、井戸水で冷やした江戸時代から伝わる「本直し」という飲み方を参考にしています。焼酎とみりんの相性は抜群、一滴のしょうゆが焼酎の味わいを引き立てます。

後閑信吾】1983年生まれ。「SG Group」 創設者。地元・川崎市のバーでバーテンダーとして働き始める。2006年に渡米し、12年に「バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション」で優勝。17年にはバー業界のアカデミー賞と言われる「テイルズ・オブ・ザ・カクテル」の「インターナショナル・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。上海で3店舗、東京で2店舗を経営する。今年6月オープンの1店舗を除く4店は、英専門誌が選ぶ「世界のベストバー50」「アジアのベストバー50」に毎年のようにランクインし、自身も今年、「BAR業界で最も影響力のある世界の100人」の8位に選ばれた。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

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