たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

運も味方した世界一、賞味期限は1年間

 中国と日本で5店のバーを営むバーテンダーの後閑信吾(ごかんしんご)さん(37)は、ラム酒の世界ブランド・バカルディ社が開く世界大会に2012年、米国代表となって挑んだ。ラムを使ったスタンダードカクテルを発掘しようと開かれる大会に後閑さんが出したカクテルは、「世界一甘いワイン」と言われるシェリー酒「ペドロ・ヒメネス」に抹茶やユズを使った、緑茶色の「スピーク・ロウ」。茶道を教える祖母の静寂なたたずまいにひらめきを得た。
 決勝戦では最初のプレゼンテーションに持ち時間10分の半分以上を使ってしまった。時間内で片付けまで終えないといけないのに、残り1分半の声がかかってもカクテルは完成しない。焦りを感じつつシェーカーを振っていると、客席がどよめいた。競争相手の英国やドイツ、オランダの代表がステージに上がり、片付けを始めたのだ。なんとか制限時間内にカクテルは完成した。本来なら規則違反のところ、審査員の協議の結果、後閑さんの優勝が決まった。ニューヨークのバーで働いていた後閑さんの名前が、世界に知れ渡るきっかけとなった瞬間だった。

2012年に世界大会で優勝したときの後閑さん

 「目をつぶって左手でも作れるぐらい、死ぬほど練習したものの、世界一の称号をもらえたのは色々な偶然が重なったおかげ。世界一の賞味期限は1年間だから、その間にできることはすべてやろう」
 翌日、そう自らに言い聞かせた。舞い込むオファーを一つ一つこなした。飛躍が始まった。

江戸末期に海を渡り、カリフォルニアでワイナリーを築いた長澤鼎(かなえ)にあこがれるという

いつか歴史に残るカクテルを

 川崎市出身。アニメの続きのストーリーを創作したり、新しいゲームを考えて友だちと遊んだりするのが好きな少年だった。「やんちゃ」だったティーンズの終わり、アルバイトをきっかけにバーで働くように。間もなく、「バーテンダーとしてレシピの決まったスタンダードカクテルを作るより、歴史に残るカクテルを自分で創作したい」との強烈な自負心を抱くようになる。
 個性を発揮する武器にしようと、茶道とシェリー酒を学び、23歳で渡米した。シェリー酒の師匠は、この連載で既に登場した中瀬航也さん。当時、シェリー酒を扱うバーテンダーはほとんどいなかった。ニューヨークでは、アメリカ禁酒法時代のもぐり酒場「スピーク・イージー」を模し、世界中で流行したスタイルのバーの先駆けとされるニューヨークの名門店「エンジェルズ・シェア」でヘッドバーテンダーを務めた。

ギリシャ・エーゲ海で島々を巡るアイランドホッピングのイベントに招かれたときの一コマ

トイレに落語、靴磨きできるバーテンダーも

 世界大会での優勝を機に、ロンドンの名門「サヴォイ ホテル」をはじめ、世界中からゲストバーテンダーとして招かれるようになり、「政府要人が参加する場だったり、音楽やファッションのイベントだったりと、普通なら体験できない、いろんなシーンに立ち会ってきました」と振り返る。

もぐり酒場をイメージした「スピーク・ロウ」(上海)は隠し扉を入ると暗い廊下が続く

 2014年に仲間と「SG Group」を設立し、中国・上海に「スピーク・イージー」(もぐり酒場)スタイルのバー「スピーク・ロウ」を初出店する。1階の隠し扉を開けて歩くと、2階へとつながる秘密の階段が現れ、ニューヨークを思わせるアップテンポな雰囲気の2階、洗練されたロンドンスタイルの3階へとつながる。一つの建物に複数の世界が収まる仕掛けだ。その後、上海に2店舗、東京に2店舗を開き、それぞれの店に独自の世界観を投影させた。
 禁酒法が施行された1920年代から30年代にかけての米国は、ソフトドリンクを飲んでいるように装ったり、質の悪いアルコールの味を良くしたりするため、カクテルが発達した。「バーテンダーだったらあこがれる時代。このスタイルをアジアで試してみたいと思った」と語る。
 18年に国内に初めて出店した東京・渋谷の「The SG Club」は、気軽に飲める1階スペースと、ゆっくり味わって飲む地下スペースから構成される。「1860年代にアメリカのニューヨークを訪れた日本の侍が帰国してバーを開いたら」というのが店のコンセプトだ。トイレに落語が流れ、靴磨きのできるバーテンダーもいて、そのためのスペースもある。
 侍とは、日米修好通商条約の批准書を交換するため江戸幕府がアメリカに派遣した遣外使節のこと。日本人が公式な形で海外に行き、欧米の文化にふれた最初の事例とされる。「彼らは3か月間もアメリカにいたので、当然、バーは見ているだろう。そんなふうにストーリーを考えました」

アイデアの源泉は旅

 後閑さんにとって、カクテルを考えるのも、新しい店を作るのも、真っ白なキャンバスに絵を描くような、わくわくする作業だ。アイデアの源泉は、米国のバーで10年以上働いた経験と、その後、世界中にゲストバーテンダーとして招かれ、その合間に足を伸ばした旅先での見聞だ。そこから自分や日本を見つめ直し、道を切り開いてきた。今年2月に国内メーカー3社と新たな焼酎ブランド「The SG Shochu」を発表したのも、日本の蒸留酒が世界のバーでカクテルに使われていないという現実を変えたかったからだ。
 日本でバーと言えば、職人気質(かたぎ)のバーテンダーが小規模で営むイメージが根強いが、後閑さんのグループは日本と中国で5店舗を展開し、8社で約100人の従業員を抱える。カクテルのアイデアや品質に徹底してこだわりながら、ビジネスとしても成長を続ける稀有(けう)な存在だ。(クロスメディア部 小坂剛)

カルヴァドスと焼酎のハイブリッドハイボール

【後閑信吾の家飲み】……バーの焼酎ハイボールはハイブリッドで

 国内の焼酎メーカー3社と共同開発したカクテルに使える焼酎ブランド「The SG Shochu」を使った、ハイブリッドハイボールを紹介します。The SG Shochu は米、麦、芋の3種類がありますが、それぞれに別の蒸留酒を合わせます。その一つ、米焼酎にリンゴを原料とする蒸留酒「カルヴァドス」を2対1の割合で混ぜ、ソーダで割ります。焼酎のソーダ割りは、日本のバーであまり飲まれませんが、他のスピリッツと合わせることでカクテルらしくなります。
 芋焼酎にはペルーやチリの蒸留酒「ピスコ」、麦焼酎にはメキシコの蒸留酒「メスカル」といったように、個性豊かな蒸留酒と組み合わせるのがハイブリッドハイボールです。

後閑信吾】1983年生まれ。「SG Group」(https://www.sg-management.jp/) 創設者。地元・川崎市のバーでバーテンダーとして働き始める。2006年に渡米し、12年に「バカルディ・レガシー・カクテル・コンペティション」で優勝。17年にはバー業界のアカデミー賞と言われる「テイルズ・オブ・ザ・カクテル」の「インターナショナル・バーテンダー・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。上海で3店舗、東京で2店舗を経営する。今年6月オープンの1店舗を除く4店は、英専門誌が選ぶ「世界のベストバー50」「アジアのベストバー50」に毎年のようにランクインし、自身も今年、「BAR業界で最も影響力のある世界の100人」の8位に選ばれた。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「ウィズ・コロナ時代の世界旅行〜国境を越えたバーテンダー(下)」(10月22日掲載)
←前編、「草根木皮すべてをカクテルに〜〜日本アブサンの父と呼ばれたい(上)」

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