飲食店支援ボトル「505」を手にする肥土さん。505は遠目に見るとSOS

 たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

様変わりした日常とバーの窮状

 世界的に高い人気のある「イチローズモルト」の造り手として、ジャパニーズウイスキーブームを先導する埼玉県秩父市の「ベンチャーウイスキー」社長、肥土伊知郎(あくと・いちろう)さん(55)にとって、2020年は異例の年だった。例年なら、国内外のイベントに呼ばれて、週末のたびに飛行機や列車で飛び回るが、新型コロナウイルスの感染拡大で出かけることはなくなった。
 代わりに秩父の高台、工業団地の一角にある蒸留所やブレンダー室、事務所で過ごす時間が増えた。会社の10年後、20年後に思いをはせるなか、気がかりなのが、商品を置いてくれているバーの苦境だった。客足は遠のき、緊急事態宣言が出された4月以降、休業や営業時間の短縮が繰り返された。
 肥土さんは、売り上げが激減したバーの店主らによる悲痛なSNSへの投稿を目にしながら、「自分に何かできることはないのか」と考えた。国が特例として飲食店に酒類の持ち帰り販売を認める「期限付酒類小売業免許」を始めるというニュースを目にしたとき、あるアイデアがひらめいた。

ミズナラを使った発酵槽は独特の味わいを醸し出す(秩父第1蒸溜所)

小売り免許でひらめいた飲食店支援ボトル

「激減した売り上げをボトルの販売で少しでも補ってもらえれば」
 そして6月、飲食店支援のプレミアムボトル「505」が発売された。飲食店のみに卸す流通形態をとり、飲食店でボトル売りする場合の推奨価格は1万5000円(税別)とし、小分けで販売しても、店内でグラスに入れて提供しても良いことにした。
 味にもこだわった。ブレンデッドウイスキーは、大麦麦芽でつくる個性的なモルトウイスキーと、トウモロコシなどの穀類を主原料とする穏やかな味わいのグレーンウイスキーを組み合わせてつくるが、「(505は)自社の原酒やモルトウイスキーの比率を高め、飲み応えのある味にした」と肥土さん。

山並みを背にしたベンチャーウイスキーの社屋(同社提供)

 イチローズモルトは3000円台で買えるホワイトラベルを除けば、生産量が少ないので常に品薄。千本単位で限定販売される1万円超の高価格帯商品はすぐ品切れとなるから、需要はあるはずだった。
 肥土さんの予想は的中し、出荷本数は年末までに4万2660本と、高価格帯では異例の売れ行きとなった。秩父市内のバーでは、地元の企業経営者が「取引先に配るから」とバー支援も兼ねてケース買いした。「あるバーの経営者からは『あの商品がなかったら、どうなっていたかわからなかった』と感謝され、造り手冥利(みょうり)に尽きると感じました」と肥土さんは振り返る。

バーでの肥土さん。撮影のため一瞬だけマスクを外してもらった

バー巡りで知ったウイスキーの楽しみ

 2004年にベンチャーウイスキーを設立した肥土さんのウイスキー造りの原点はバーにある。江戸時代から続く酒造会社に生まれた肥土さんは大学卒業後、サントリーに勤めた後、「経営の厳しくなった家業を手伝ってほしい」と父に頼まれて家に戻った。日本酒の売り込みがメインの仕事だったが、かつてウイスキーも造っていたことから、貯蔵庫に山積みされた樽(たる)からウイスキーの原酒を飲んでみた。「複雑で濃く、個性があって面白い味」と感じた。
 当時、ウイスキーの人気は低迷し、社内の評価も低かった。「ウイスキーのプロはどう評価するのだろうか」と、バーテンダーの意見を聞くため関東地方を中心にバーを巡り始めた。「どうですか、このウイスキー」と聞くと、バーテンダーは「面白いね、これ」「買えるの?」と好感触を示した。バーを巡りながら、いろんなウイスキーを飲み比べるうちに、その魅力を実感した。

イチローズモルトは秩父のバーでは最も人気があるウイスキー

ウイスキーは「心の薬」、バーで温厚な性格に

 温厚な人柄で知られる肥土さんだが、バーに通うようになって性格が変わったという。「こう見えて昔はもっと激しい気性だった。『昼間、あんなきついこと言わなきゃよかったな』とバーで反省する時間が持てたので、今みたいな性格になっていったんじゃないかな」。仕事が大変だったり、嫌なことがあったりしても、気持ちが安らいだ。話したいときはバーテンダーが相手をしてくれるし、話したくなければ放っておいてくれる。心地よい時間をつくり出せるのがバーの良さ。「ウイスキーを飲む効用とは何でしょうか?」と聞くと、「心の薬みたいなものかな」と答えてくれた。
 ベンチャーウイスキーでの取材後、秩父市内のバーにひとりで入ると、カウンターにいた肥土さんから「先ほどはどうも」と突然声をかけられた。グラスを口に運ぶときだけ少しマスクをずらし、ひとり静かにウイスキーを楽しんでいた。周囲に溶け込み、「世界的に有名なウイスキーの造り手」というオーラは漂ってこない。創業時から知るマスターは、「無名だった頃からホントに変わらないんですよ。物欲もまるでないし……」と笑顔で語った。肥土さんにとって、バーは昔も今も普段着で過ごせる場所なのだ。(クロスメディア部 小坂剛)

肥土伊知郎(あくと・いちろう)】 1965年8月、埼玉県秩父市生まれ。東京農大農学部醸造学科卒業後、サントリーに入社して営業を担当。97年に父の経営する酒造会社に入るが、同社は営業譲渡されて人手に渡る。廃棄予定だったウイスキーを引き取り2004年に「ベンチャーウイスキー」を創業し、残された原酒をもとにイチローズモルトを発売。軽井沢蒸溜(じょうりゅう)所やスコットランドのベンリアック蒸溜所でウイスキー造りを学び、08年に単独のウイスキー蒸留所としては35年ぶりの蒸留所となる秩父(第1)蒸溜所を建設してウイスキー造りを開始。19年には秩父第2蒸溜所を設立した。この間、「ワールド・ウイスキー・アワード」で世界一にあたる賞を受賞するなど、海外の品評会で高評価を獲得する。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「コロナ禍のイチローズモルト~ウイスキー造りの原点、肥土伊知郎氏のバー愛(下)」
←前編「茶室でもバーでもあり~お茶を楽しむ新たな『出口』(上)」

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