南の島をイメージしたノンアルコールカクテル「イスラデスール」

 たとえ外出できなくても、おいしいお酒を楽しみたい。一日の終わりに、休日の昼さがりに。居間や寝室、縁側で。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語と、通の家飲みをお届けします。

ノンアルカクテルで旅する気分

 鮮やかなオレンジ色のノンアルコールカクテルを口に含む。目を閉じると、海辺のリゾート地の情景が浮かんだ。さんさんと輝く太陽、プールサイドのビーチベッドに横たわり、渇きを癒やしているようだ。パッションフルーツにココナツ、さらにパイナップルの甘酸っぱい香り。ドリンク名は、スペイン語で南の島を意味するイスラデスールという。
 静谷和典さん(35)は、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた東京都の要請に従って休業していたバーを、今年5月にカフェとして再開させた。看板メニューに据えたのが11種(1杯1200円)のノンアルコールカクテルだった。冒頭のイスラデスールもその一つ。ほかにオート麦andほうじ茶、アップルパイエッグノッグ……。お茶や酢もベースに取り入れた。味わいと香りが重なり静物画のような美しさを醸し出し、別世界へといざなってくれる。
 休業延長の選択肢も頭をよぎったが、アルコール消毒の徹底など可能な限りの感染防止対策を取り、まずはカフェとして再開させた。その後、カウンターにアクリル板で間仕切りを設けるなど対策をさらに強化し、バーの営業を再開。しかし、新宿ではホストクラブなどで多くの感染者が出たこともあり、客足は遠のいたままだ。
 静谷さんは今年8月、動画投稿サイト「ユーチューブ」にチャンネルを開設し、ウイスキーの魅力や楽しみ方、テイスティング方法などをわかりやすく解説する動画を発信し始めた。店舗での接客や会話を大切にし、ライブ配信や動画配信に距離を置いてきた静谷さんだが、「なかなかお客様が新宿に足を向けていただけない中、お店だけでは限界がある」と考え、決断した。地方の蒸留所などとタイアップしてオリジナルボトルやボトルカクテルの開発にも乗り出し、幾つものプロジェクトを掛け持ちする日々だ。

ザ・グレンリベットをグラスに注ぐ静谷さん(今年2月撮影)

人生変えた「静かな谷」のソーダ割り

 「自分の将来の役割は、バー業界やウイスキー業界を盛り上げることにある」。そう言い切る静谷さんは、28歳で新宿にバーをオープン、近くに別のバーも開いた。愛好家団体・ウイスキー文化研究所が認定する最難関資格「マスター・オブ・ウイスキー」に9年がかりで挑み、昨年、最年少で8人目のタイトル保持者に。バー業界の風雲児として存在感を増しつつある。
 栃木県の作新学院高校時代は競歩の選手だった。関東大会で準優勝し、全国大会にも出場。大学卒業後はアパレル店の店員となった。売り上げ成績は良かったが、「同じ接客業でも、もっと自分に合った仕事があるはず」と、23歳でバー業界に飛び込んだ。

ザ・グレンリベット蒸留所を訪れたときの静谷さん。後ろは仕込み水の採水地(静谷さん提供)

 独立前、新宿のバーで修業したとき、苦労したのはソーダ割りだった。完璧に作れないと、その先のカクテルを教えてもらえなかった。使ったのはスコットランド産ウイスキーのザ・グレンリベット(The Glenlivet)。閉店後の午前3時から10時まで、連日指にタコができるまで繰り返した。あるときソーダ割りからアルコールのギスギス感が消え、丸みを帯び、青りんごのような香りの一杯ができた。「それまでウイスキーの良さもよくわかっていなかった。ウイスキーを本当においしいと思えた瞬間でした」
 練習を終え、書店でスコットランドの蒸留所を網羅した愛好家の必読書「モルトウィスキー大全」(土屋守著)を立ち読みし、グレンリベットはゲール語で、自分の名前と同じ「静かなる谷」の意味と知る。そのとき、「将来、この名前をつけた店を、自分で開きたい」という夢が舞い降りてきた。

和を貴重とした新宿ウヰスキーサロンで夢を語る静谷さん

 18世紀初頭にイングランドに統合されたスコットランドでは、ウイスキーに重税がかけられた。グレンと呼ばれる山間ではウイスキーの密造が横行する。手を焼いたイングランドは1823年に課税を緩和した。翌年、初の政府公認蒸留所となったのがザ・グレンリベットだった。しばらく密造業者から裏切り者扱いされたが、のちに世界的なブランドとなる。
 その名称ずばりの使用は認められなかったが、最初に構えた店の名は蒸留所名の一部を冠した「BAR LIVET(バー・リベット)」。最初の夢を実現させた静谷さんは今、ウイスキーベースのカクテル「ウイスクテール」に情熱を傾けている。(クロスメディア部 小坂剛)

ノンアルコールカクテルの薬膳風モヒート

【静谷和典の家飲み】……薬膳風モヒートは大人のジンジャーハイボール

 シェーカーやバースプーンといった道具がなくても、自宅でカクテルを楽しめます。ノンアルコールのカクテルなら、辛口ジンジャーエールをベースにした薬膳風モヒートがオススメ。グラスに大葉を2~3枚ちぎって、谷中ショウガをすり下ろし、氷(できればクラッシュアイス)を入れた後、ジンジャーエールを注ぐ。マドラーや固めのストロー(なければ割り箸も可)でかき混ぜ、最後にミョウガをさします。梅干しを加えてもいいし、大葉だけでもミョウガだけでも楽しめます。
 ソフトドリンクにちょっとした工夫を加えてカクテルにする。トマトジュースにブラックペッパーをたっぷりかけて、飲み口に塩を半分塗り、ノンアルコールブラディーメアリーなんていうのもありです。

【静谷和典】
 1985年生まれ。栃木県出身。作新学院高校時代は競歩の選手として活躍。国士舘大学政経学部卒業後、アパレル業界を経てバーテンダーに。2019年にウイスキー文化研究所の最難関資格「マスター・オブ・ウイスキー」を取得。「BAR Shinjuku Whisky Salon(バー・新宿ウヰスキーサロン)」と「BAR LIVET」を営む。
・ユーチューブ「【Master of Whisky】シズタニエン」
https://www.youtube.com/channel/UCKHHLiBLY_7zmsYxjlD808w)。
・「BAR Shinjuku Whisky Salon(新宿ウヰスキーサロン)」
https://www.facebook.com/BAR-Shinjuku-%EF%BC%B7hisky-Salon-%E3%83%90%E3%83%BC%E6%96%B0%E5%AE%BF%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%AD%E3%83%B3-288175425104680/
・「BAR LIVET(バー・リベット)」(https://www.facebook.com/mr.glenlivet4f/

 ※ウイスキーの基礎知識はこちら(https://liqul.com/entry/3306 )(「酒育の会」ウェブサイト内)をご覧ください。

<筆者紹介>
 小坂剛(こさか・たけし)読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

 →「バー界の風雲児~ウイスクテールの挑戦(下)」
 ←前編、「これも?あれも?シェリー〜バーテンダーのルーツは薬剤師です(上)」

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