たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。一日の終わりに、休日の昼さがりに。居間や寝室、縁側で。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語と、通の家飲みをお届けします。

シードルとの出会いを振り返る藤井さん

おしゃれでカジュアル、シュワシュワの果実酒

 黄金色の液体のてっぺんに白く細かい泡の粒つぶ。グラスを持ち上げ、手元に引き寄せると、甘酸っぱい香りがそよぐ。口にふくむと甘みと酸味、辛味がシュワシュワと溶け合う、シャンパンのような味わい。ビールのように爽やかな喉越し。シードルは、おしゃれでカジュアルなリンゴのスパークリングワインだ。
 JR神田駅近くでシードルとウイスキーの店「エクリプス ファースト」を営む藤井達郎さん(40)は、リンゴの産地、群馬県沼田市で育った。シードルとの出会いは、20歳代でスコットランドを旅したとき。消費量世界一のイギリスでは、街角のパブに必ずおかれていた。

おやきやすしにもシードルは合う

 世界最古の果物の一つといわれるリンゴ。ヨーロッパでは紀元前から、果汁を発酵させ、シードルに似た飲み物が造られていた。イギリスはサイダー、スペインではシドラ、フランスでは日本と同じシードルと、呼び名は違うが、世界で1000種類以上ある。上品な口当たりのフランス産、わずかな渋みで後味すっきりのイギリス産、シャープな酸味の利いたスペイン産と、各地域で独自の花を咲かせている。「同じ原料を使って、これほどまでに個性の違うお酒が造られていることに興味がわきました」
 日本でリンゴ栽培が始まったのは約150年前。シードルは、ビールやワインといった他の醸造酒におされて国内であまり普及していないが、最近になって青森や長野、北海道といったリンゴ産地で、シードルを造る醸造所が増えてきた。

オンラインバーで桜を使ったシードルのカクテルを紹介する藤井さん

生産者と消費者の架け橋に

 新型コロナウイルスの感染拡大は、飲食で生計を立てる人たちを窮地に追い込んだ。藤井さんも今年4月、開店から5年の店を休業し、収入がなくなった。店の運転資金の数か月分しかない蓄えはみるみるうちに減った。どうやったら利益を上げられるか。考えても妙案は浮かばない。独立した頃の初心に立ち返った。もともと店を開いたのは、お金儲(もう)けのためでなく、みんなが喜んでくれる場所をつくりたかったから。ならば、喜んでもらう方法は何かと考えた。そして、お酒の生産地と消費者をつなぐオンラインバーにたどり着いた。
 「ちゃんと聞こえていますか〜~」。席数を減らすなどの対策を講じた上で営業再開した店で5月下旬、藤井さんがカウンターに立てたスマートフォンに語りかけた。オンライン会議システムでつながる先は、常連客の自宅と、リンゴの産地、長野県飯綱町のシードル生産者である林檎(りんご)学校醸造所だった。
 林檎学校醸造所は、廃校となった小学校の一角を利用し、昨年からシードルを生産している。自社ブランドのほか、近隣の農家からの受託醸造も手がける。つがる、ふじといった国産品種に、酸味の利いたグラニースミスなどの海外品種、清酒やワインの酵母も使い、多彩な製品を作っている。

長野県飯綱町の醸造所からオンラインバーに出演する小野さん

 藤井さんは、感染拡大で影響を受けた飲食店を支援するために国税庁が新設した「期限付酒類小売業免許」を取得し、オンラインバーの参加者に対して林檎学校醸造所のシードルと信州の郷土料理「おやき」のレシピを付けて販売した。
 参加者は自宅で購入したシードルを楽しむ。同時に、醸造所を運営する北信五岳シードルリーの小野司社長(42)が、スマホやパソコンを使って、夜の醸造所の様子を中継した。品種や酵母が違えば、シードルの味や香りは違う。参加者からは品種や酵母に関する質問が続いた。参加した女性の一人は「ビールでもワインでもない食中酒として、国産のリンゴを使った『和シードル』と、和食を絡めてアピールしていけば、新しい道が開けるのではないか」と感想を口にした。
 オンライン中継を眺めつつ、野沢菜の入ったおやきと、林檎学校醸造所のシードルを味わった。ともに信州産。意外なぐらいマッチする。そういえばリンゴを最近食べていない。無性にリンゴが食べたくなった。(クロスメディア部 小坂剛

和シードルと野沢菜は相性抜群

<藤井達郎の家飲み>……和シードルに漬物

 家で味わう幸福の一杯。縁側やベランダで、夜風を浴びながら、あるいは夏の太陽を感じながら、国産の和シードルをお茶感覚で飲んでみてはいかがですか。和シードルは甘さを抑えた辛口タイプが多いから、塩っ気や酸味のある漬物と合います。例えば、南信州・長野県松川町の里山ワイナリー「VinVie(ヴァンビィ)」のシードルに、古漬けの野沢菜。スタンダードのVinVieシードルはクリアでフレッシュな味わい、甘さがないので、漬物と合わせると苦みのような独特の味わいが生まれます。蕗(ふき)味噌(みそ)をいれたおやきにもぴったりです。
 一般にシードルは小瓶なら数百円から、750ミリリットルのボトルなら2000円程度から、オンラインショップで手に入ります。たこ焼きやお好み焼き、魚のみりん干し、焼き鳥、麻婆(マーボー)豆腐といった料理にも相性抜群ですよ。

【藤井達郎】
 1980年、群馬県沼田市出身。高校卒業後、プロボクサーを経て、バーテンダーに。2015年にバー&シードレリア「エクリプス ファースト」(https://www.eclipse-kanda.com/)をオープンさせる。国内外のシードルの生産者をたずね、一本一本に込められたストーリーを集めている。

 ※シードルの詳しい説明はこちら(https://liqul.com/entry/2109/)(「酒育の会」ウェブサイト内)をご覧ください。

【北信五岳シードルリー(林檎学校醸造所)】
長野県上水内郡飯綱町赤塩2489 tel:050・5876・2628
https://5gaku.com/(オンラインショップあり)
【VinVie(ヴァンビィ)】
長野県下伊那郡松川町大島3307-7  tel: 0265・49・0801
https://vinvie.jp/(オンラインショップあり)

<筆者紹介>

小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→古里をリンゴで元気に〜シードル王子の願い(下)

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