鈴木さんがバーテンダーとして初めて取得したマスター・オブ・ウイスキーの盾

 たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

ハイボールをつくる鈴木さん。ハイボールと水割りは得意のカクテル

水割りとハイボールはカクテルです

 「ハイボールと水割りは最も得意なカクテルです」と、埼玉県草加市のモルトバー「ジョン・オグローツ(John O'Groats)」のオーナーバーテンダー鈴木勝二さん(51)はいう。どちらも久しく缶でしか飲んでいなかったから、頼んでみた。
 まずは水割り。好みを聞かれたので、「すっきり系で」と答えると、出てきたのはサントリー「白州」。氷を入れたグラスにまずは水を入れて、ウイスキーを注いで、かき混ぜると、最後にまたウイスキーを注いだ。グラスを引き寄せると、さわやかな香り。口に含むとウイスキーと水が混然一体となっている。鈴木さんは水割りもハイボールも、ウイスキーの種類によって作り方を変え、味や香りをベストの状態に持っていこうと工夫してきた。

30歳代後半、第1回ウイスキープロフェッショナル表彰式にて

 「最初は僕も水割りやハイボールをバカにしていました。でも、ほかの店であるとき飲んで衝撃を受けて、猛省しました」。どちらも、同じウイスキーであっても作り方で味や香りが違うから奥が深い。「お代は1杯分で結構ですから」。そう言って、同じウイスキーで2種類の水割りを作って味の違いを体験してもらうこともある。

竹鶴がスコットランドで学んだことを記録したノート。鈴木さんは何度も読み返している

おそるべき精神力

 鈴木さんが仰ぎ見る先達がいる。ウイスキーの製造技術をスコットランドで学び、日本で初めて本格的なウイスキー造りに取り組んだ竹鶴政孝だ。鈴木さんは2014年にバーテンダーとして初めて愛好家団体・ウイスキー文化研究所の最難関資格マスター・オブ・ウイスキーを取得した。審査で提出が義務づけられる論文のタイトルは、「竹鶴政孝を支えたモチベーションとジャパニーズウイスキーの未来」。竹鶴はなぜそこまで頑張れたのか。人生の節目で頑張る動機がどう変化したかを考察している。
 鈴木さんも「あきらめずにお酒の世界の楽しさを伝え続ける人間になりたい」という覚悟でやってきたが、日本初のウイスキー造りは想像を絶するプレッシャーだったはずだ。「今はバーテンダー同士で傷をなめ合うことができるけど、彼は日本人がスコッチの味を知らない時代から一人で続けてきた。おそるべき精神力だと思います」

軽井沢のルージュカスク

軽井沢蒸溜所という伝説

 軽井沢というウイスキーがある。1955年にメルシャンの前身である大黒葡萄酒が軽井沢に蒸留所を設立し、特に90年代に生産されたシングルモルトは質の高さで知られ、国際的な品評会で金賞にも輝いた。だが、ウイスキーの需要低迷もあって生産を停止し、蒸留所は2016年に取り壊される。生産停止で品薄になってからボトルは高値で取引されるようになり、1本1000万円を超す価格がついたこともある「幻のブランド」だ。
 「一度でいいから、軽井沢を飲んでみたいと思っているんです」。鈴木さんの店を何度か訪れたとき、そうお願いした。鈴木さんは「わかりました。ハーフで1杯だけですよ」と言って、赤ワインを寝かせた樽(たる)で熟成させた「軽井沢」の15年もの「ルージュカスク」を出してくれた。ワインのように赤く色づいた液体のアルコール度数は69.4度。
 果実の濃厚なフレーバーを楽しむ。少し口に含んで目を閉じると、歯茎に強烈な香りがしみこみ、じわじわと余韻が駆け上がる。度数が高いのに飲みやすい。これが鈴木さんの言う「泣きたいぐらいうまい必殺技のウイスキーなのか」と納得した。
 鈴木さんは「軽井沢蒸溜所」が存続していた頃から何度も通っていた。だが、見学に訪れる人はまばらで、一部のマニアが感激しながら有料試飲を楽しんでいた。鈴木さんは、その頃からボトルをコツコツ買ってきた。
 「普通に買えるときに見向きもしないウイスキーが、手に入りにくくなった途端、買い手が殺到することがあります。それよりも、いま流通しているものですごいものがあるかもしれないと考えたほうが楽しい。他人の価値観に流される必要はない」と鈴木さん。
 鈴木さんが店を続ける一番の原動力は、お酒という広い世界を多くの人に知ってほしいという思い。「僕はお酒を売りたくて店をやっているわけじゃない。店を経営している以上、お金は大好きだけど……。この世界を知ってほしい、この世界で頑張ってきた人がいることを知ってほしいんです」
(クロスメディア部 小坂剛)

アベラワー12年

【鈴木勝二の家飲み】

 「自分が店を終えて家に帰って飲むのは、コンビニで買った缶ビール。たまにウイスキーを飲むにしても、そこそこ普通のもの。自分で持っている良いウイスキーはすべて店でお客さんに出します。笑顔が見たいから。自分が飲んだら減っちゃうじゃないですか。良いウイスキーは、よそのバーにお邪魔した時に飲みます。
 前回のクライヌリッシュ14 年と違うタイプで、最初の一本として薦めることが多いのはアベラワー12年。まろやかで女性的で、シェリー樽を使った濃厚な一本です。気に入れば、就寝前に飲む『ナイトキャップ』にしてもいいですよ」

鈴木勝二(しょうじ)】1969年福島県生まれ。大学時代から飲食店でアルバイトを始め、配膳会所属のウェーターとしてレストランなどでサービス業に従事したのち、2001年に埼玉県草加市にスコッチバー「John O’Groats(ジョン・オグローツ)」を開店、14年にバーテンダーとして初めて愛好家団体・ウイスキー文化研究所の最難関資格マスター・オブ・ウイスキーを取得している。そのとき提出した論文「竹鶴政孝を支えたモチベーションとジャパニーズウイスキーの未来」はこちらから

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次⾧。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

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