たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

対話しながら、気持ちで飲む酒

 「香りを飲む酒」。極上のアロマを放つフランス・コニャック地方のブランデーは、そう表現される。高級酒の印象が強く、日本ではあまり一般的とはいえないコニャックだが、東京・浅草の「BAR DORAS」(バー・ドラス)で、オーナーバーテンダーの中森保貴さん(46)は「対話しながら、気持ちで飲んでください」という。
 アンティークのグラスにおさまった琥珀(こはく)色のコニャック。入れたての香りはツーンとして荒々しい。「少し時間をおくと、香りが開いてくる。とげとげしさが甘みへと変わってくるんです」と中森さん。
 今は亡き先輩バーテンダーは、中森さんに「コニャックは女性と付き合うのと同じ」と教えてくれた。「ガツガツと焦ってはダメ。まずはゆっくりと会話をするように、気持ちを込めて香りを味わえば華やいできます。スマホをいじっていても香りは開いてくれません」
 甘く香ってきたら飲み頃。少量を含んで舌をコーティングする。「おいしく飲める舌をつくると、二口目からきれいなブドウの香りが優しく感じられる。さらにコニャックを舌の上に重ねていくと、ふわーっと余韻が広がってきます」。まず香り、それから余韻……。

見た瞬間に何を注ぐかがイメージできたグラスを購入してきた

買い付けの決め手はグラスの残り香

 コニャックの生産者は、たくさんの農家と契約し、収穫したブドウを集めてブレンドするヘネシーやレミーマルタンなどの大手と、自分の畑でとれたブドウを使って蒸留から瓶詰めまで手がける小さな農家に分かれる。中森さんが扱うのは小さな農家のコニャック。1農家のブドウ、単一の蒸留所で造られるため、いわば農家系のシングルタイプで、正式にはプロプリエテールコニャックという。
 世界中に輸出している大手は、暑い地域で氷を入れて飲むときにも味や色が崩れないように砂糖やキャラメルを加えるのが一般的だ。シングルタイプは、氷を使わずストレートで味わう現地の飲み方に合わせ、ブドウ本来の味わいを生かそうとする。砂糖やキャラメル、添加物は加えず、熟成させるときの樽(たる)の香味も抑える。
 「シングルタイプは水と一緒だと、えぐみが出て相性が悪いけれども、時間とともに香りが変化する。飲み終わったグラスの残り香をしばらくかいでいると、コニャックの眠っていた潜在能力が見えてくる」。残り香は代金の3割に相当すると現地で言われるほど貴重で、中森さん自身、フランスでの買い付けでは判断の決め手にする。

2011年にギィ・ピナール家を初訪問したときに畑で

何かをそぎ落とし、ひとつを極める

 中森さんは2011年にフランスでコニャックの造り手を訪ねてから、シングルタイプにのめり込んだ。その後も交流が続くコニャック地方ファン・ボア地区のギィ・ピナール家では、一時、絶滅したブドウ品種を無農薬で育てていた。ブドウを育てる畑や、50年以上にわたって樽で熟成させる貯蔵庫での手仕事に触れ、少量生産のコニャックに携わる農家個人やその思いを伝えることこそ自分の役割と考えるようになる。
 コニャックの造り手を毎年訪ね、買い付けたボトルが増える一方で、フードやグラスワイン、日本のウイスキー、テキーラ、大手メーカーのビールはメニューから消えた。「一つを究めるには、何かをそぎ落とさないとできない。失ったお客様はいますが、時間をかけてコニャックを追究することで新たなお客様を引きつけられると思います」
 ウイスキーは、大麦麦芽を発酵させる前に水を加え、樽で熟成させた後も、水を加えてアルコール度数を落とす。一方のコニャックは、圧縮した白ブドウをそのまま発酵させ、蒸留前に水は加えない。ブドウという素材そのものから究極の香りを生み出す。

コニャックを使ったカクテルの定番・サイドカー

サイドカーという王道

 シンプルを極める。それが中森さんのバーテンダーとしての哲学だ。ストレートのコニャックにこだわるのと同様、カクテルもクラシックにこだわる。例えばサイドカー。コニャックと、オレンジリキュールのコアントロー、そしてレモンジュースが原料のシンプルなものだが、「本当に細かい手法や理論があり、いくら追究しても答えが出ないくらい」という。
 中森さんはそう言いながら、サイドカーをつくり始めた。コニャックとコアントローをシェーカーに注ぎ、高い位置に上げると別のグラスへゆっくりと注ぎ落とす。それをまたシェーカーに戻して高い位置からグラスへ、5度、6度と繰り返した。空気を入れるエアレーションと呼ばれる技術で、両者は一体となり、とろみがついて細い糸のように流れ落ちた。
 シングルタイプのコニャックは砂糖を加えていない。普通のレシピ通りにレモンジュースを入れると酸が際立つから、その前に糖でコーティングする。コニャックは一般的な分量の1.4倍と多め、シェークするときの氷の数、バースプーンでの攪拌(かくはん)方法、漉(こ)し方まで、すべてに改良を重ねてきた。
 レモンジュースを加えてシェークし、グラスに注がれたサイドカーは、口に含むと、すべてが混然一体となり、ほどよい酸味を伴った官能的な香りに包まれていた。
 「コニャックをたくさん扱っている以上、コニャックを使ったカクテルはどこよりもおいしく作れないといけないと思っています」と中森さんが口を開いた。
 「今日はパーフェクトなサイドカーが作れたと思っていても、明日になれば、ほかの可能性があるのがカクテルの面白さ。そうやって昨日の自分を超えるような気持ちでいきたい」。その先に、自分にしか歩けない道が続いている。(クロスメディア部 小坂剛)

コニャックにはようかんが合う

【中森保貴の家飲み】……ようかんでコニャックをおいしく

 ギィ・ピナールコニャックのようなシングルタイプのコニャックをストレートで楽しむコツをお伝えします。慣れるまでは、ある程度の分量が必要です。多く注げば注ぐだけ、そのコニャックが持っている潜在能力を引き出しやすいからです。まずは香りを楽しみ、鼻をさすアルコール香がブドウ本来の甘みに変わってきたら飲み始めです。一口、舌の上に載せて、舌全体に染み渡らせると、二口目から優しさときれいなブドウ本来の余韻が楽しめる舌ができあがります。シングルタイプは水との相性が悪く、えぐみが出てしまう。チェイサーは茶葉でえぐみをごまかせるアールグレイティーがいいでしょう。コニャックのお供にはようかんをお勧めしています。ようかんを食べると口内の水分がなくなり、繊細なあんこで口の中がコーティングされるため、シングルタイプの繊細な味わいが引き出されます。

中森保貴(やすたか)】1974年生まれ。法政大学社会学部卒業後、信濃屋食品に入社。25歳のときにバーテンダーに転職し、銀座や青山、新宿、向島のバーで勤務した後、2005年に出身地の浅草・花川戸に「BAR DORAS」(バー・ドラス)をオープン。スコッチとコニャックをダブルメインに、カクテルの手法と技術も追究を重ねている。毎年続けてきたヨーロッパ旅行での体験をベースに、酒の背景となる文化や伝統を伝えている。著書に「旅するバーテンダー」「旅するバーテンダー2」。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

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