たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

50年の歴史を封じ込めたボトル

 北海道・余市蒸溜所の完成から35年後の1969年、ニッカウヰスキーは2か所目の蒸留所「宮城峡蒸溜所」を仙台市郊外に完成させた。創業者の竹鶴政孝は従業員全員を集め、最初に蒸留した原酒(ファーストドロップ)をテイスティングすると、「違うな」と一言。「意に満たなかったのか」とうなだれる従業員を前に、竹鶴は「これでいいんだ。北海道のものと違うからいい」と続け、「これはおれが造ったのではない。この土地が造ってくれたものだ。感謝を込めて、この酒を(近くを流れる)新川(にっかわ)に注いできてくれ」と命じた。
 宮城峡蒸溜所設立から半世紀を迎えた昨年、同社は宮城峡と余市の蒸留所それぞれの5世代の原酒を混ぜ合わせた「リミテッドエディション2019」の「シングルモルト宮城峡」と「シングルモルト余市」を700本ずつ発売した。価格は税別で1本30万円。60年代と70年代、80年代、90年代、2000年代にそれぞれ蒸留され、熟成された5世代の原酒を合わせた「5ディケーズ(50年)」のウイスキーを造りたいというチーフブレンダー佐久間正さん(60)のアイデアを製品化し、佐久間さんがブレンドを担当した。

ニッカウヰスキー・チーフブレンダーの佐久間さん

熟成50年、枯淡のような味わい

 ファーストドロップの原酒はひと樽だけ残っていた。ウイスキーは樽のなかで蒸散し、50年たつと半分以下になる。このまま時間がたてば、消えてなくなるため、ステンレスの容器に移し替えられる直前のタイミングで、宮城峡の限定ボトルに使われた。50年熟成させたウイスキーとは、一体どんな味なのか。佐久間さんが「人間でいえば100歳を超えている。力強さはなく、長い年月を経たことで醸し出される穏やかで優しい味わい」と教えてくれた。
 佐久間さんは、古酒から若々しい原酒まで5世代をブレンドし、宮城峡と余市それぞれの蒸留所の特長を表現することを目指した。
 宮城峡の限定ボトル「シングルモルト宮城峡」は、シェリー酒を寝かせた後のコクのある甘さ、芳醇(ほうじゅん)で豊かな味わいが特徴。カシューナッツのような滑らかさ、ほのかなピートの余韻が楽しめる。一方の余市の限定ボトル「シングルモルト余市」は、ダークチョコのようなビターな味わいや、香ばしい麦のコクが特徴。新樽からくるバニラの香りと、力強いピートの余韻が楽しめる。
 とあるバーで、これを少し試飲したとき、幾度も絵具を塗り重ねて仕上げられた油絵の風景画が想起された。どちらも重層的で深い味わい、香りは長く鼻腔(びくう)にとどまった。

晩年の竹鶴政孝

ノースランド、宿願の達成

 ニッカウヰスキーがサントリーに先駆け、第2蒸留所の建設に踏み切ったのは、異なるタイプの原酒を自前で造るためだった。企業をまたいだ原酒の交換や売買が一般的なスコットランドに対し、日本にそうした慣行はなかった。スコッチと同じように異なるタイプの複数のモルト原酒(大麦麦芽が原料)、トウモロコシなどの穀類を主原料とするグレーンウイスキーとを組み合わせてブレンデッドウイスキーを造ろうとすれば、巨費を投じて気候・風土の異なる場所に複数の蒸留所を造るしかなかった。
 余市でスコットランドのハイランド地方で造られているような力強いタイプの原酒造りを進める一方、宮城峡ではスコットランドのローランド地方で造られているような穏やかなタイプの原酒を目指した。
 すでに、グレーンウイスキーを造るカフェ式と呼ばれる国内唯一の連続式蒸留器を導入していた。宮城峡の原酒の熟成を待って、72年に余市と宮城峡という自前の複数のモルト原酒、グレーンウイスキーをブレンドした本格ウイスキー「ノースランド」が発売される。竹鶴はその喜びを「幸いにも、命ながらえて、その宿願を達することができた。私は、ウイスキーに生きた男としての幸せを、いまさらのようにかみしめている」と自伝に記した。

原酒が眠る宮城峡蒸溜所の熟成庫

世界へと羽ばたいた日本ウイスキー

 スコットランドの製法にかたくなにこだわり、79年に85歳で亡くなった竹鶴が、あの世で歓喜に震えたに違いない出来事が2001年に起きる。英国誌「ウイスキー・マガジン」が世界から293種類の製品を集めて開いたブラインド・テイスティング大会で、ニッカウヰスキーの「シングルカスク余市10年」が、スコッチやバーボンを上回り、最高点を獲得したことだ。
 佐久間さんにとっても、会社人生で最も印象に残る出来事だった。82年に入社した頃、製品のほとんどは国内向けだったが、配属された余市蒸溜所では、世界に冠たるウイスキーを造ろうとの掛け声のもと、様々な工夫が重ねられていた。その一つが新樽の使用。スコッチは、バーボンやシェリーを熟成されるのに使った樽を再利用するのが一般的だったが、未使用の新樽で熟成させたところ、予想外の出来ばえとなる。世界最高点を獲得したのも新樽を使った結果だった。
 以来、日本のウイスキーは毎年のように国際大会で受賞を重ねている。スコットランドから受け継いだ土台の上に、新たな工夫を重ね、竹鶴政孝の「スコッチに負けないウイスキーをつくりたい」という夢が受け継がれている。(クロスメディア部 小坂剛)

【宮城峡蒸溜所50年の歴史を味わうセミナー開催】

 ニッカウヰスキー宮城峡蒸溜所で最初に蒸留され、竹鶴が半世紀前にテイスティングしたファーストドロップを50年間熟成させた原酒などで造った希少なボトルを味わうイベントが11月22日(日曜日)に開催されます。記事で紹介したアサヒビール・ウイスキーアンバサダーの佐藤一さんと、ニッカウヰスキーのチーフブレンダー・佐久間正さんによるレクチャーに耳を傾け、日本ウイスキーの過去と未来に思いをはせる催しです。詳しい内容はこちらから(定員に達したため参加受け付けは終了しました)。

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