たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

柄杓(ひしゃく)を置いた釜

お茶かお酒かではなく

 東京メトロの表参道駅近くにある櫻井焙茶研究所の茶房は、茶室を意識した造りとなっている。茶房側にある銅板の扉は、茶室に設けられた「にじり口」と同じく、かがまないと通れない高さ。カウンターの手前には、茶室に入る前に手を清める「つくばい」を連想させる手洗い場が設けられている。
 日本では鎌倉時代から、茶は薬用や嗜好(しこう)品として飲まれるようになり、安土桃山時代に千利休が茶道を大成した。「和敬静寂(わけいせいじゃく)」が茶の湯の精神だ。主人と客が互いを敬い、茶室や茶道具を汚れなく清らかに保つ心得をいう。茶会も宴会の一形式、酒と並んで茶も人間の精神に影響を及ぼす飲み物となった。酒と茶のどちらが優れているかを争う「酒茶論」というジャンルの文学も生まれた。(熊倉功夫著「酒と社交」)
 「お茶かお酒か」ではなく「お茶もお酒も」が、櫻井焙茶研究所のモットーだ。茶に和菓子、茶酒、茶と酒を使ったカクテルもある。店主の櫻井真也さん(41)は「お茶は好きだけどお酒は飲まない、お酒は好きだけどお茶は知らない、どちらの方にも楽しんでもらいたい」と言う。

栗ようかんを添えた碾(てん)茶ウォッカ

シャンパンではなく、お茶で乾杯

 「日本茶って自由なんだ」。櫻井さんがそう実感したのは、和食料理店「八雲茶寮」の開店に際し、様々な料理とそれに合った日本茶のペアリングを考えたときだった。乾杯には炭酸で淹(い)れたお茶をシャンパングラスに注ぎ、白ワインの代わりに水出しの煎茶をワイングラスで用意した。お刺し身にはシソやスダチを煎茶とブレンドして水出しにしたものを合わせ、お肉には色の似た番茶や紅茶を合わせた。お酒を飲めない人の選択肢がウーロン茶しかないのは気の毒だと感じていた。
 実践してみたところ、「お酒を飲める人も飲めない人も、一緒に盛り上がれる」と評判は上々。茶を扱う業者から「一緒に何かやりましょう」というアプローチも相次いだ。背景には、日本茶離れがあった。国内での1人当たりの緑茶の購入量は下降線をたどり、茶業界は「どうしたら、もっと日本茶を飲んでもらえるだろうか」と悩んでいた。若者のコーヒー人気は根強く、紅茶は世界中で飲まれているのに、日本茶は元気がない。

お客さんに選んでもらう茶葉

紅茶と緑茶の歴史から学ぶこと

 緑茶もウーロン茶も紅茶も、同じチャノキの葉からつくられるが、最初に誕生し世界に広まったのは緑茶だった。大航海時代の16世紀、日本にやってきたポルトガルやスペイン、オランダの宣教師らは緑茶と「茶の湯」文化に出会い、その神秘性や独特な倫理観に衝撃を受けた。これをきっかけに、日本や中国から茶がヨーロッパへと運ばれた。その後、イギリスで茶が普及し、とりわけ緑茶より紅茶が好まれるようになる。
 17世紀には、コーヒーが人気を博した。コーヒーハウスが文化・経済活動の拠点となったイギリスだったが、オランダとのコーヒーの国際競争に敗れると、植民地インドなどで紅茶の生産に力を入れるようになった。紅茶に砂糖を入れて飲んだのもイギリス人で、カリブ海の植民地で生産する砂糖貿易も支配して、「紅茶帝国主義」という言葉も生まれた。19世紀に生まれたアフタヌーンティーの文化はイギリス以外にも広まり、今や世界中のホテルで人々が紅茶に親しむ。(角山栄著「茶の世界史」)

流れる水が安らぎをもたらす

お茶を楽しむ新しい「出口」をつくる

 紅茶は近代以降、経済と文化が車の両輪となって世界中に広まったが、櫻井さんは「日本茶でも、こうした時代を作らなければいけない」と考えている。大切なのは、高品質な日本茶を発信する表現力。「素晴らしいお茶を作っていても、その出口がない。お茶って楽しいということを、もっと若い人に知ってもらうことが大事。お茶はこうやって楽しむと提案したい」と櫻井さんは力を込める。

お茶を淹れる静寂のひととき

 日本茶を楽しむ場や仕組みが失われつつある現代社会で、どうやって茶を楽しむ新しい「出口」を作るか。櫻井焙茶研究所の茶房は、茶室でありバーでもある。茶室もバーも、亭主やバーテンダーがいて、客をもてなす。茶房のカウンターに置かれた鉢には静かに水が注がれ、カウンターの茶器が「わびさび」の趣を醸し出す。窓の外にはビルがそびえる。静と動、和と洋、過去と現在……コントラストが織りなす非日常。その空間は櫻井さんなりに考え抜いて実践する一つの表現であり、出口である。(クロスメディア部 小坂剛)

【櫻井真也の家飲み】 お茶割りは濃いめで

 お茶割りのポイントは茶を濃く出すこと、そうしないとお茶がお酒に負けちゃうんです。焼酎のお茶割りなら、焼酎1に対して、少し濃いめに出したお茶を2加えます。お湯割りとまた違った味わい。米や芋、麦、焼酎にもいろいろありますが、煎茶やほうじ茶、抹茶など、いろんなお茶で割ってみてください。
抹茶を焼酎で点(た)てるのも面白い。度数を低く抑えるなら水を半分程度、入れてもいい。そこにチョコレートリキュールやミルクホイップを加えれば、デザートみたいになります。いろんな楽しみ方ができます。

櫻井真也】1980年、長野県小布施町生まれ。大学時代のアルバイトでバーテンダーを始め、銀座のバーなどで勤務した後、和食料理店「八雲茶寮」や和菓子店「HIGASHIYA」などを展開する「SIMPLICITY」に入社し、両店でのマネジャーを経て2014年に独立。日本茶の価値観を広げて新しい楽しみ方を提案するため「櫻井焙茶研究所」を設立し、店内でローストしたほうじ茶や、国内の自然素材を組み合わせた四季折々のブレンド茶を販売し、茶房を併設する。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

←「茶室でもバーでもあり~お茶を楽しむ新たな『出口』(上)」
→「コロナ禍のイチローズモルト~ウイスキー造りの原点、肥土伊知郎氏のバー愛(上)」

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