茶がかつて薬だったことを思い起こさせる白衣をまとう櫻井さん

 たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

都会の静寂で味わう茶酒

 日本茶はあまりに身近な存在であるため、現代人がそのありがたみを意識しなくなっているように思える。櫻井焙茶研究所を営む櫻井真也さん(40)は、洋酒に茶葉を漬け込んだ茶酒や、茶とお酒を組み合わせたコースやカクテルといった、斬新なスタイルで、ペットボトルでは決して味わえない、茶の世界へと誘う。

玉露の1煎目は丹波の黒豆を添えて

 櫻井焙茶研究所は、ブティックやカフェが並ぶ東京メトロ・表参道駅近くの国道246号線沿いの複合文化施設・スパイラル5階にある。入り口に日本茶の茶葉や茶器を販売するショップがあり、左へと進むと大きな黒いカウンターに6席ほどの茶房が現れる。大きなガラス窓の内側は、外とは別世界の静寂が支配する。提供しているのは、煎茶や炒(い)りたてのほうじ茶、季節のブレンド茶といったお茶。加えて、ようかんやぜんざいといった和菓子、さらに煎茶ジンや玉露焼酎、かぶせ茶ウォッカ、抹茶ビール、紅茶ラムなどから成る18種類の「茶酒」だ。
 栽培や製造の方法が異なる18種類の茶葉に、茶葉と酒が互いの味を壊さないような酒を選んで組み合わせた。「茶葉をお酒に漬け込むことでお茶の味わいや香りが移り、洋酒を和酒に転換できるのです」と櫻井さんは語る。

玉露のおひたしはポン酢をかけて

茶葉のおひたし、煎り番茶のスモーキーなウイスキー

 茶も茶酒も味わってみたいと、「お茶とお酒のコース」(5930円、税込み)をお願いした。まずは玉露から。玉露は、日光を遮り、新芽を育てた最高級の茶葉。ここでは同じ茶葉を3回繰り返し煎じて味わう。ぬるめの湯で3分間煎じた1杯目は出汁(だし)のようなうま味、茶葉が開いた2杯目は渋み、3杯目はユズを加えたブレンド茶で青々とした茶の香りにフレッシュで、さわやかな味わいが感じられた。ポン酢をかけた茶葉を箸でいただく。食感も香りもおひたしそのもの。上級の茶は飲んでも食べてもおいしいという。

驚くほどスモーキーな煎り番茶のウイスキー

 その後、4杯の茶酒が続く。煎り番茶のウイスキーが衝撃だった。茶葉を漬け込む前の国産ウイスキーは、そのまま飲めばまろやかなブレンデッドだが、煎った番茶の茶葉を漬け込んだものは、スコットランド・アイラ島のシングルモルトに匹敵するスモーキーさだ。大根を薫製にした「いぶりがっこ」との相性も抜群で、茶葉のパワーを思い知った。

ボトルに入った茶葉の漬け込み酒

シェーカーも柄杓も

 櫻井さんは大学卒業後に銀座のバーでバーテンダーとして働いた後、和食店などを運営する「SIMPLICITY」に入社し、同社が当時、中目黒で運営していた和菓子店「HIGASHIYA」で茶と出会った。同店は、豆大福とギムレット、ようかんと赤ワインなどといった、和菓子に日本茶だけでなく洋酒やカクテルを夜中まで提供する異色の店だった。バーテンダーはシェーカーを振ってカクテルを作るだけでなく、お茶も点(た)て、柄杓(ひしゃく)を扱う。裏千家の先生や日本茶の先生たちから、日本の茶が四季を取り入れて発展した歴史を学び、その魅力を知った。
 バーテンダーとして覚えた酒の知識は西洋由来だが、茶は日本人の季節感や感性に根付いた伝統そのもの。ただ、バーテンダーと茶の所作は、どちらも無駄を省き、きれいに見せておいしく感じてもらうという点で共通していた。

カウンターに並んだ茶器

お茶の価値を高めたい

 大学時代まで、日本と海外をつなぐ仕事をしたいと夢見ていた櫻井さんは、茶を学ぶうちに、日本と世界の懸け橋になる可能性を秘めた茶こそ自分のライフワークだと考えるようになった。目指したのは、茶の価値を高めること、言い換えれば良質の日本茶を提供し、きちんと対価を払ってもらうことだった。
 茶は水と同じで無料、あるいは安いモノと思われがちだ。街のいたるところにある自販機でペットボトルに入った茶が小銭で買える。「HIGASHIYA」にいたときから、「お茶がこんなに高いの?」と驚かれ続けた。しかし、お酒にはお金をたくさん払うけれど、茶には払えないというのはおかしいとの強い思いがあった。櫻井さんの茶房では、茶と茶酒はほぼ同じ値段で味わえる。例えば和菓子付きの煎茶は1850円で、煎茶ジンは単体で1450円(いずれも税込み)。「『いいものは高くて当然』と踏ん張って、ようやくここまで来た」と櫻井さんは胸を張った。(クロスメディア部 小坂剛)

【櫻井真也の家飲み】 茶葉で洋酒を和酒に転換

 煎茶、ほうじ茶、紅茶といった家にあるお茶の葉で、簡単に漬け込み酒ができます。例えば、煎茶の葉を10グラム、300ミリ・リットルのジンに入れて、一晩寝かせます。茶葉の香りやうま味がお酒に溶け込み、洋酒が和酒へと変身します。ほかにも、ほうじ茶や紅茶ならラム、煎り番茶ならウイスキー、碾(てん)茶ならウォッカといったように、茶に合う洋酒を考えて楽しんでください。もちろん、和酒の焼酎でもいけます。芋(いも)焼酎では、ほうじ茶、米焼酎だったら煎茶もよく合いますよ。

櫻井真也】1980年、長野県小布施町生まれ。大学時代のアルバイトでバーテンダーを始め、銀座のバーなどで勤務した後、和食料理店「八雲茶寮」や和菓子店「HIGASHIYA」などを展開する「SIMPLICITY」に入社し、両店でのマネジャーを経て2014年に独立。日本茶の価値観を広げて新しい楽しみ方を提案するため「櫻井焙茶研究所」を設立し、店内でローストしたほうじ茶や、国内の自然素材を組み合わせた四季折々のブレンド茶を販売し、茶房を併設する。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「茶室でもバーでもあり~お茶を楽しむ新たな『出口』(下)」
←前編「車の部品工場から天職の酒造りへ~大津の山のラム酒職人(上)」

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