実家の畑で汗を流す鹿山さん。後ろに見えるのはミツバチの巣箱。養蜂にも挑戦している

 たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。一日の終わりに、休日の昼さがりに。居間や寝室、縁側で。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語と、通の家飲みをお届けします。

畑のバーテンダー

 東京都内にある世界的に有名な薬草酒バー「Ben Fiddich(ベンフィディック)」のオーナーバーテンダー、鹿山博康さん(37)は週に1度ないし2度、豊かな自然に囲まれた埼玉の実家を訪れる。実家の畑で育てた様々なボタニカル(植物)をカクテルの素材として「収穫」するためだ。

実家の前で一休み。色々なアイデアが湧き出す場所だ

 酪農を営む実家で、幼い頃から父を手伝ってきた。高校卒業後に上京し、バーテンダーとなる。カクテルのモヒートに使うミント、イエルバブエナを自宅マンションのベランダで栽培したのをきっかけに、埼玉県ときがわ町の実家の畑で薬草を育てるようになった。「田舎が嫌で都会に出たのに、30代半ばを過ぎ、実家っていいなと思うようになった。ここに来ると、今度はモクレンの実を漬け込んでカクテルに使ってみようかなとか、アイデアが浮かぶのです」

雑草も材料に、人のやらないことを

 8月の猛暑の日、鹿山さんに実家の農場を案内してもらった。薬草酒アブサンの原料となるニガヨモギを収穫した後の畑には、色々な草が生い茂っている。「これはカキオドシ、スパイシーな香りがしますよ」。歩きながら自生してきた草花に目を向け、名前や特徴を教えてくれる。「雑草と片付けられがちな草もカクテルの材料になります」
 近年、個性的なクラフトジンの世界的ブームが到来。クラフト蒸留所が国内でも誕生しているが、香り付けに使うスパイスのジュニパーベリー(西洋ネズ)はヨーロッパからの輸入に頼っている。かつて乳牛のエサとなるトウモロコシが植えられていた場所には、ジュニパーベリーが生い茂っている。「日本初のジュニパーベリー農家になれないかな、と考えています。たいしてお金にならないけれど、だれもやらないからこそ、やってみたいのです」

畑で鹿山さんが作ってくれたカクテル。器は細川紙という地元の和紙でつくられている

ファーム・トゥー・グラス

 畑でカクテルを作ってほしいとお願いすると、鹿山さんは切り倒されて淡い緑色にこけむした木の幹にすりこぎ鉢を置き、もぎとったサンショウの実、樹皮をそいだキハダをつぶし始めた。
 ツクツクボウシが鳴く、炎天下の畑で味わったジンベースのカクテルは、苦みとほのかな甘さが、爽やかな風のように渇いた体にしみ入る。「ファーム・トゥー・グラス(農場からグラスへ)」。鹿山さんがつぶやいた。

バーで、森をイメージしたカクテルをつくる鹿山さん

バーは自然に帰るところ

 鹿山さんの店は、高層ビルに囲まれた大都会のビルの9階にある。分厚い木の扉を押して店内に入ると、壁に掲げられたエゾシカやテン、フクロウの剝製(はくせい)に目を奪われる。最初に口に含んだのは、森をイメージしたカクテルだった。水面に浮かぶ薬草の葉や小枝は、湖面の島のようだ。グラスにフタをし、炭酸で湧き立たせた香りを封じ込めてある。フタをとり、鼻を近づけると風渡る高原の情景が頭に浮かんだ。
 「朝5時半の軽井沢の香りがします」と鹿山さん。「酸味と甘みと苦み、三位一体の中心軸にジンがある。何を浮かべて仕上げるかで世界観が変わり、無限の香りを表現できる。道端に咲くヒメオドリコソウを入れてもいい」
 鹿山さんのバーは、都会にありながら、自然に帰ることができる場所だ。季節に合わせた素材、日本の食材も多用する。ワサビやシソ、ダイコン、ミョウガ、ユズ……。メニューはなく、カクテルのレシピも何か月かたつと変わっている。「何か混ぜちゃえばカクテルですから、定義はないのかもしれない。この世界で使えるものすべてをカクテルにして、感動を演出していきたい」。鹿山さんの好奇心に導かれるように、カクテルは日々進化を遂げている。(クロスメディア部 小坂剛

漬け込み酒を使ったグレープフルーツサワー

【鹿山博康の家飲み】

 簡単にできる、自家製の漬け込み酒を使ったグレープフルーツサワーを紹介します。グレープフルーツの実をウォッカに1週間漬けたものを30ミリリットル、そこにライムを5ミリリットルほど加え、トニックウォーターで割ります。バーで飲むおいしいグレープフルーツサワーを、漬け込み酒からつくれないかと考えたレシピです。漬け込み酒は、保存容器とアルコールに材料さえあれば簡単にできます。ぜひ、いろいろな果物・素材で試してみてください。

ウニクムのソーダ割り

 もう一つは薬草酒です。ハンガリーで200年以上にわたって健康酒として飲まれてきたお酒「ウニクム」で、日本でいえば養命酒のような存在。少し苦みがあるので、食前にソーダ割りで飲むのがオススメ。胃が活性化したように感じるでしょう。

【鹿山博康】1983年生まれ。埼玉県玉川村(現・ときがわ町)出身。高校時代まで野球に熱中し、20歳でバーテンダーを志す。2013年7月に東京・西新宿に開業した薬草酒バー「Ben Fiddich」(https://www.facebook.com/BarBenfiddich/)は、英専門誌が選ぶ「アジアのベストバー50」に5年連続でランク入りした。アブサンの愛好家・収集家としても知られ、国内の蒸留所や酒メーカーなどと組んでアブサンやボトルカクテルといった商品開発にも取り組んでいる。
筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「草根木皮すべてをカクテルに〜日本アブサンの父と呼ばれたい(下)」
←前編、「モルトの世界へようこそ〜ウイスキーラバーは猫が好き(上)」

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