たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。一日の終わりに、休日の昼さがりに。居間や寝室、縁側で。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語と、通の家飲みをお届けします。

カイガラムシの赤いカクテル

 赤は権力の象徴だった。中世ヨーロッパ、織物を赤くする染料は貴重で、貴族や聖職者だけが赤を身にまとった。そんな時代、スペインの征服者は新大陸でコチニールというカイガラムシから抽出した赤い色素を発見し、巨利を稼いだ。
 東京都内で薬草酒バー「Ben Fiddich(ベンフィディック)」を営む東京都内で鹿山博康さん(37)は、このコチニールを使い、フレッシュカンパリというカクテルを作る。苦みのある赤いリキュールのカンパリをベースにするのが通常のレシピだが、そのカンパリを使わず、原料から作りだしてみせる。

フレッシュカンパリに使う材料、10種類以上の瓶が並んだ

既製品を極力使わず原料にこだわる

 使うのはコチニールを含め、ナツメグやゲンチアナ、クローブといった10を超すスパイス。どれも乾燥した茶色や黒だが、コチニールを混ぜてつぶした瞬間に赤へと変わる。「海外のバーでは、こんな手間ひまのかかる作り方は想像できないのでしょう。お客さんは『アメージング!』って驚きます」
 現代にあふれる赤が、コチニールから突如として生成されるのを見せられた客は、赤が高貴で珍しかった過去へとタイムスリップする。
 2015年にデンマークの有名レストラン「noma(ノーマ)」が都内のホテルに期間限定出店したときが、鹿山さんの店が世界的に知られる一つのきっかけとなった。ノーマのシェフは、コチニールを使ってカクテルを作ると聞き、鹿山さんの店にやってきた。このシェフが帰国後、店で受けた衝撃を語ったことから、海外メディアの取材が相次ぎ、 その名は広まった。

19世紀の薬草酒にふれる

 20歳でバーテンダーを志したが、有名店で修業したり、著名なバーテンダーに弟子入りしたりしたことはない、それが鹿山さんのコンプレックスとなっていた。トム・クルーズ主演の映画「カクテル」で描かれたような、ボトルやシェーカーが宙に舞うフレアバーテンディングの世界に身を置いた時期もあった。その後、結婚して子供が出来たのを機に、年をとっても続けられるスタイルを身につけたいと、カクテルの原料にこだわり始める。農家育ちであることが強みとなった。
 1890年代のフランスで出版された薬草酒のマニュアルを古書店で入手した。フランス語の本を読み込み、レシピを試すうち、材料の選び方やバランスの取り方に、法則を見いだす。「いまある薬草酒ってほとんどが19世紀にできている。あの時代に色々なお酒が台頭してきたのです」。薬草酒の源流にふれたことが、その後のカクテルづくりに奥行きを与えてくれた。

アブサンは砂糖を加えて水で割ると白濁する

カクテルは瞬間の芸術、ボトルは残る

 鹿山さんが最も傾倒する薬草酒がニガヨモギを使ったアブサン。19世紀後半から20世紀、詩人のベルレーヌやランボー、画家のゴッホやドガ、ゴーギャンらが好んで飲んだことで知られる。砂糖を加えながら水で割ると白濁するが、その前は緑色、独特の酔いをもたらすことから「緑の妖精」と呼ばれた。

アブサンのオールドボトル

 鹿山さんはオールドボトルを買い集めていて、店の棚には120年も昔のアブサンも並ぶ。炭のように真っ黒なボトルには、多くの芸術家がアブサンを味わった時代の酒と空気が息づいている。「カクテルは刹那的、瞬間、瞬間の芸術なので形は残らない。でも、ボトルは時代を超えて残ります」
 鹿山さんは昨年、実家の畑で育てたニガヨモギを千葉県の「mitosaya薬草園蒸留所」に持ち込み、「草根木皮」の名前で商品化。それを、アブサンの本場、フランス・ポンタルリエでの品評会に日本人として初出品した。鹿児島の本坊酒造が昨年発売したアブサンもプロデュースするなど、国産アブサンの生産に力を注ぎ始めている。

実家の一室はニガヨモギを乾燥させるのに使っている

いつか畑の一角に蒸留所

 約90年前、「日本ウイスキーの父」竹鶴政孝らが苦心して作り出した国産ウイスキーは、「焦げくさい」と酷評された。当時のウイスキーほどではないが、アブサンを飲む人は日本ではまだ少数派だ。一部の国で過去に製造が禁じられたことがあり、アブサンにはどこか危うく退廃的なイメージが付きまとう。
 多彩なお酒を受け止める文化へと成熟していけば、もっと多くの日本人がアブサンを飲むようになる。鹿山さんは、古里の畑の一角に本格的なアブサン蒸留所を建設することを考えている。「いつか日本アブサンの父と呼ばれたい」。そんな願いも決して夢物語ではない。(クロスメディア部 小坂剛

鹿山さんオススメ、アブサンのオレンジジュース割り

【鹿山博康の家飲み】

 アブサンはアルコール度数が高いので、水と砂糖で割ることが多いですが、オレンジジュースで割るのもおすすめ。アブサン1に対してオレンジジュース2の割合、氷を入れたグラスで飲んでみます。氷が解けてもアブサンは味が崩れないので、長く楽しめます。柑橘(かんきつ)類と、アブサンに入っているアニスやニガヨモギの風味は相性がいいんです。

鹿山博康】1983年生まれ。埼玉県玉川村(現・ときがわ町)出身。高校時代まで野球に熱中し、20歳でバーテンダーを志す。2013年7月に東京・西新宿に開業した薬草酒バー「Ben Fiddich」(https://www.facebook.com/BarBenfiddich/)は、英専門誌が選ぶ「アジアのベストバー50」に5年連続でランク入りした。アブサンの愛好家・収集家としても知られ、国内の蒸留所や酒メーカーなどと組んでアブサンやボトルカクテルといった商品開発にも取り組んでいる。
筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

←「草根木皮すべてをカクテルに〜日本アブサンの父と呼ばれたい(上)」
→次回、「ウィズ・コロナ時代の世界旅行〜国境を越えたバーテンダー(上)」

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