形状の異なる蒸留器が並ぶナインリーヴズ蒸留所

 たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

山麓のラム蒸留所

 サトウキビを原料にした蒸留酒で、モヒートやダイキリといったカクテルのベースにもなるラム酒は、カリブ海の島々で17世紀頃に生まれた。今もキューバやプエルトリコといったカリブ海の島で造られるハバナクラブやバカルディなどのブランドが有名だが、琵琶湖に近い滋賀県の山麓でも造られている。自動車部品工場で長年働いてきた竹内義治さん(55)が、2013年に設立したラム専門の竹廣株式会社ナインリーヴズ蒸留所だ。

蒸留器にもろみを投入する竹内さん

 日本でも、サトウキビの産地である沖縄、鹿児島、高知などでラム酒が造られているが、本州では珍しい。琵琶湖南端近くに位置する石山寺から南へ約5キロ、大津市の岩間山にある蒸留所は約200平方メートルの建屋に、蒸留器が2基据え付けられ、両側にボイラーや発酵槽が並ぶ。竹内さんはここでひとり、原料の調達から蒸留、熟成、瓶詰め、ラベルはりまでをこなす。「欧米と違って、人をいったん雇ったらやめさせるわけにいかない。足りないぐらいの人数でやらないと」と竹内さん。量より質、独自性にこだわり、小さくてもキラリと光る日本発の新たなラムブランドを作ろうとしている。

仕込み水に使う地下深層水の水源

地下の深層水と黒糖を原料に

 作業は、建屋の端に設けられた祭壇にお神酒をささげ、祝詞を唱えることから始まる。この地に蒸留所を構えたのは、山から湧き出る岩深水(いわしみず)と呼ばれる地下深層水を、ラムの仕込み水に使うため。だから山の神への感謝の気持ちは忘れない。
 水源は、蒸留所そばの平津長石鉱山の坑道から約30分歩いてくだった地下600メートルにある。鉱山では陶磁器の釉薬に用いる長石が採掘されてきたが、1960年頃に採掘現場で突然、水が湧き出てそのまま水源となった。長い歳月を経て、地下深く、岩石の間を流れて磨かれた水は、ミネラル分が少ない硬度12の超軟水で、口当たりはまろやかだ。

山の神に祈る竹内さん

 これに沖縄産の黒糖を溶かし、酵母を入れて発酵させた「もろみ」を蒸留器で初留と再留の計2回蒸留し、アルコールと香りを濃縮させて原酒にする。
 中南米を始め、世界中で造られるラム酒だが、その9割はサトウキビから砂糖を精製した後に残る糖蜜を、残る1割はサトウキビを絞ったジュースを、それぞれ原料にしている。サトウキビ産地から離れているために糖蜜が入手できず、サトウキビジュースも使えないため、代わりに高級なようかんなどの和菓子に使われる特級品の黒糖を使っている。

フェラーリ1台分の蒸留器

 蒸留器にもこだわった。ラム酒を大量生産するには、もろみを連続投入し、蒸留を繰り返す連続式蒸留器が適しているが、竹内さんは、銅製の釜でもろみを熱して一度だけ蒸留する単式蒸留器を使う。効率は劣るが、豊かな風味が醸し出される。
 単式蒸留器はモルトウイスキーの蒸留所で使われているスコットランドのフォーサイス社製を2基、「フェラーリ1台分の値段」で購入した。初留用の蒸留器は香り成分をたくさん取り入れるために太く短い首でランタンのような形。再留用はいいところのみを抽出するために白鳥のような細長い首をしている。
 見学したのは昨年12月、戸外では雪が舞い、建屋内には冷気がしみ渡っていた。竹内さんは、発酵槽や貯蔵タンクと蒸留器との間に1回1回ホースを手で取り付け、使用後には取り外して水抜きし、ボイラーで沸かした湯で汚れを洗い流した。「上下水道がないから、使うのはすべて湧き水。下水がないから洗剤も使わない。初留後に残ったもろみ糟(かす)はためて、農家に堆肥(たいひ)として引き取ってもらっています」。自らフォークリフトを器用に操縦し、ラム酒を熟成させる樽(たる)やタンクを移動させる。
 再留から出てきた蒸留酒を5分ごとに口に含んで味を確かめる。肉体と感覚を駆使する労働を黙々と続ける姿はまさに職人。「嗜好(しこう)品だから大量生産に入っちゃダメ。量を求めるのは大手の仕事」と竹内さんは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

樽で熟成させないホワイトラム「クリア」

10年後、20年後に評価されるものを

 ナインリーヴズ蒸留所では、樽で熟成させないホワイトラムのほか、バーボンやシェリー、赤ワインの熟成に一度用いた樽でラムを寝かせた熟成タイプの製品を出荷する。クリアと名付けたホワイトラムは1本4950円(税込み)と安くはないが、透明感のある力強い味わいだった。京都や東京の著名ホテルやバーなどに納入されている。

樽で熟成させたタイプ(ナインリーヴズ提供)

 創業から7年、ロンドンやベルリンといった海外都市で開かれたコンテストで七つの賞を受賞し、国際的な評価を得つつある。海外のイベントに出展すると「日本でもラムを造っているのか」と驚かれるという。竹内さんは「洋酒の世界でエレガントと評価されるラムを日本で造りたい。10年、20年と寝かせたものが高く評価されるオンリーワンのブランドに育てたい」と語った。(クロスメディア部 小坂剛)

竹内義治】1965年6月名古屋生まれ。大学卒業後、大手自動車メーカー勤務の後、父の経営する自動車部品製造会社で専務。その後、同社を退社しコンサルタント会社、自動車部品メーカーを経て、2013年に大津市に竹廣株式会社ナインリーヴズ蒸留所を創業し、蒸留責任者となる。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「車の部品工場から天職の酒造りへ~大津の山のラム職人(下)」
←前編「150年前の曲芸バーテンダー~ヨクハマでカクテルは進化する(上)」

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