たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

泡に閉じ込めたアロマ

 パイプの形をした透明なグラスにたたえられたレモン色のカクテル、てっぺんにはシャボン玉。顔をグラスに近づけ、泡をつぶすと、華やかな香りが広がる。ローズマリーやレモングラスの精油を使い、豊かな香りをたたえたカクテル「ハーバル・ブランデーサワー」。
 横浜市中区相生町のカクテルバー「ネマニャ」の北條智之さん(46)は、植物の香り成分を抽出した精油などアロマセラピーの材料や技法をカクテル作りに生かしている。

かつおだしが利いた泡をのせたブラッディ・ボニート

 かつお節を漬け込んだウォッカをベースに、かつおだしを使った泡をのせた「ブラッディ・ボニート」は、トマトジュースを使った有名な「ブラッディ・メアリー」をアレンジしたカクテルだ。どちらも静物画から抜け出してきたような作品で、見ているだけで楽しい。

草花の香りを抽出するために使った蒸留器

絵画もカクテルも一つの作品

 2011年の東日本大震災を機に、2000年代に流行したフレア・バーテンディングは下火になった。北條さんは13年に独立して店を構えてからもフレアを続けたが、40歳を過ぎて老眼が気になり、「ライディーン」を始めて20周年となる18年に現役を退いた。
 一方、2007年にアメリカでミクソロジーの国際大会に参加したのをきっかけに、新しい分野に傾斜していく。ミクソロジーは、mix(混ぜる)とology(学問)を組み合わせた言葉で、カクテルの常識を超えた自由な発想で素材をミックスし、新しい味わいを創造すること。カクテルで使われなかった素材や調理器具を取り入れたり、スタンダードなカクテルにひねりを加えたりして、そこでしか味わえないレシピを考える。
 幼い頃から絵を描くのが得意だった北條さんは「色を組み合わせて一つの作品を創り上げていくところなど、カクテルと絵は共通点が多い。美術の要素をお酒づくりにも生かせる」と話す。「人と違ったことをやって勝負に勝ちたい。目立ちたい」という北條さんにとって、ミクソロジーもフレアも独自の発想と自由な表現を重んじるところが性に合っていた。

北條さんが4年がかりで製品化したノンアルコールジン「ネマ」

草花の香りを取り出し、ノンアルコールジンをつくる

 北條さんは、知り合いの病院長の依頼でアロマ学会からミクソロジーをテーマに講演を求められたことを機にアロマを猛勉強し、草花の香り成分を抽出する手法に関心を持った。カクテル用に小さな蒸留器を使い、様々なハーブやスパイスの成分を抽出して芳香蒸留水のサンプルを作り、最適の蒸留温度や保存期間などを検証している折、芳香蒸留水とジンの作り方が似ていることに気付いた。4年の試行錯誤を経て、2018年に芳香蒸留水をブレンドしたノンアルコールジン「ネマ」を製品化した。
 神奈川県内での製造も検討したが、最終的にたどり着いたのは、湧き水でバラとジェニパーベリー(ネズの実)、ラベンダー、スパイスを蒸留してブレンドする手作業の製法。八ヶ岳山麓の長野県側でバラを無農薬栽培し、ローズウォーターも製造している「アサオカローズ」の協力を得て実現した。少量生産なので、スタンダードタイプ(500ml入り)で3200円(税別)と少し高めだが、新型コロナウイルスの感染拡大でノンアルコールカクテルに目を向ける人が増えているためか、20年6月以降、売り上げが急増している。
 「海外でノンアルコールジンとして売られているのは、ジンからアルコールを抜いて製造するためにアルコール分が残っていたり、ジェニパーベリーを使っていなかったりしたもので、芳香蒸留水をブレンドする方法は世界で初めて」と話す北條さんは同12月、この製法で特許を取得した。

横浜生まれのミリオン・ダラー

アルコールがあってもなくても

 一体どんな味なのだろう。まずはストレートでいただく。スパイシーなジン独特の香りに、さわやかな草原のフレーバー。一口含むと、ミネラルウォーターのようなすっきりとした口当たりで、体内が浄化されるように感じる。斬新な香りと味わいのコンビネーションだ。
 続いて北條さんに、このノンアルコールジンを使って、横浜生まれのカクテル「ミリオン・ダラー」をつくってもらった。1889年、「横浜グランドホテル」にやってきたアメリカ人が考案して大正時代に国内で流行、後に世界に広まった。グラスに入ったカクテルは、分厚い雲に覆われた夜空の下の街のよう。甘酸っぱいレモンとパイナップルの香りを楽しみ、横浜にいる幸せをかみしめた。アルコールが入っていようといまいと、さほどの違いはない。
 スーパーの酒売り場でアルバイトをしてカクテルの面白さに目覚め、高校卒業後にバーテンダーとなった北條さん。クラシックカクテルにフレア・バーテンディング、ミクソロジー、そしてノンアルコールカクテルと表現の幅を広げてきた。かつて外国人に「ヨクハマ」と呼ばれたバー発祥の地で、そのカクテルは進化を続ける。(クロスメディア部 小坂剛)

バルーングラスで香りを楽しむジントニック

【北條智之の家飲み】……バルーングラスのジントニック

 「クラフトジンがはやっています。今はスーパーやコンビニにも置いてあります。お好きなものをタンブラーではなく、大きなワイングラスに注ぎ、ハーブやスパイスを飾り付けて飲みます。グラスに滞留した香りが爽やか。ジンは30~45mlにトニックウォーターを120ml、それにミントやローズマリー、ローズペタルといったハーブ、ピンクペッパーやコリアンダーシードといったスパイスを加えます。ライムは搾らず、クラフトジンをダイレクトに味わってください」

北條智之(ともゆき)】1974年3月東京生まれ。92年からバー・ピガール、東京會館、ホテルグランドパレスでバーテンダー修業。97年から横浜のカフェバー・マルソウで、ボトルやシェーカーを投げるなどして客を楽しませるフレア・バーテンディング(フレア)を始め、2013年にカクテルバー「ネマニャ」をオープン。「バーテンダーCATMANのブログ」はこちらから。CATMANは北條さんのフレア時代のニックネームで、猫背だったことが由来という。ノンアルコールジン「ネマ」の情報はこちらから

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