お酒を愛する人々の物語をお届けします。

人も自然に生かされている

 首都圏で米作りからから酒造りまでを手掛け、「栽培醸造蔵」を標ぼうする神奈川県海老名市の泉橋酒造。現在は水田の管理を社員に任せる六代目蔵元の橋場友一さん(53)だが、自社田で栽培を始めた頃はひとり、近隣の農家に教わり田んぼで汗を流していた。作業の合間、あぜ道に腰を下ろして休んでいたときのことだ。水中にはカエル、ザリガニ、ゲンゴロウ、空にはトンボやチョウ、ガ……。
 「目が慣れると、虫の苦手な人なら卒倒しそうなくらい、田んぼにたくさんの生き物がいることに気づきました。そのとき実感したんです。人間も自然に生かされている生き物なんだと」

「栽培醸造蔵」は泉橋酒造の登録商標だという

 その思いを形にしたのが、同社のシンボルマークの赤トンボ。季節ごとに出す商品に貼られた4枚のラベル。春はヤゴ、夏はトンボ、産卵の秋はペアのトンボ、そして冬は雪だるまの足元にトンボの卵がそれぞれ描かれている。「生き物が田んぼで生き続けることができる環境を守っていきたい」と考えた。可能な限り農薬を使わず、除草作業には手間をかけ、工夫を重ねてきた。
 試行錯誤の末にたどり着いたのは、冬場に田んぼに水を張る冬季湛水たんすい。通常、冬場は水を抜くが、わらの残る田んぼに水をためておくと雑草が生えず、微生物が繁殖し土壌が発酵する。そして、土は豊かな肥料分を含むようになる。冬場は用水路を使えない地域も多いが、豊かな水源に恵まれた海老名では冬場も水が使える。水を蓄えた冬の田んぼは、鳥や魚をはじめ多くの生き物の命を育む。

コメと会話しながら造る酒

 では、米作りは酒造りにどんなメリットがあるのだろう。現在、同社の酒造りに使うのは、自社と、「さがみ酒米研究会」の契約栽培農家7軒が計46ヘクタール、460枚の田んぼで栽培する山田錦に雄町、楽風舞、神力といった品種の酒米だ。自前で栽培しているから、どの田んぼでとれた米を、どう使うかは酒蔵が決められる。

麹づくりに使う麹蓋

 一番いい米は、酒造りで最も大事とされるこうじづくりに用いる。麹は高温で乾燥させた麹むろで、蒸した米に麹菌をふりかけ、3日ほどかけ菌を繁殖させ、米に根付かせる。麹づくりに機械や大きな箱を使うところもあるが、泉橋酒造では江戸時代からある麹蓋という小さな杉の箱で手作業する。コメは同じ山田錦であっても田んぼごとに微妙に違う。重労働だが、コメの性質を把握した上で、温度や水分、酸素の量を調節できるという。同社の酒は、料理に合う、硬水を使ったうま味のある辛口が基本だが、その味はコメの品種で大きく違う。
 「米を磨く精米や、コメを洗う洗米もそうですが、麹造りも、コメと会話するイメージです。きちょうめんだとか、ざっくりだとか、農家さんの性格が米に出る、と話す蔵人もいます」と橋場さん。生育過程や生産者を知るからこそ、米と向き合った酒造りが可能となり、翌年の米作りでの課題が見えてくる。同じ場所で栽培を続けるうちに、土壌も安定する。そうしたサイクルを橋場さんは「農業と酒造りの無限ループ」と呼んだ。

麹室で保温シートに包まれた麹

 農薬をなるべく使わない米作りの延長で、なるべく自然に近い形の酒造りを目指している。2007年から生産する酒はすべて醸造用アルコールを添加しない純米酒とした。10年ほど前から、日本酒のもととなる酒母造りでも、多くの時間と労力をかけて天然の乳酸菌を育てる生酛きもとと呼ばれる江戸時代から続く製法に取り組んでいる。
 昔ながらの方法にこだわる一方で、瓶詰め機器や貯蔵の温度管理には最新設備も取り入れるなど、新旧を使い分けている。水田には水位や水温を計測するセンサーを設置し、スマホで水門を開け閉めできる。GPSを搭載した田植え機は手を放してもまっすぐに進む。神奈川県立産業技術総合研究所の協力を受け、上空のドローンから光の具合を調べるマルチスペクトルカメラで撮影し、稲の色から生育状況を測定する実験も始めている。

農!と言える酒蔵の会

 2019年、泉橋酒造など米作りも手掛ける12の酒蔵が集まり、「農!と言える酒蔵の会」が設立された。会が目指すのは、ワインがブドウの品種や産地、地形などとの関係を詳しく研究されてきたように、酒造りと米作りの関わりを考えていくこと。戦争をきっかけに分断されてしまった酒造業と農業の結びつきを取り戻し、日本酒の新たな可能性を開こうという取り組みでもある。酒蔵の米作りへの関心が高まっていることを象徴する動きでもあり、今後、米作りに向かう酒蔵は増えていくのかもしれない。
 「夏子の酒」は、兄の残した龍錦の種籾たねもみから増やした米で、初めて酒を造ったところで完結する。影響を受けた橋場さんが米作りを始めて四半世紀がたつ。「時々、自分が『夏子の酒』の続編をやっているような気になるんです」と橋場さんは言った。(クロスメディア部 小坂剛)

橋場友一(はしば・ゆういち)】1968年神奈川県海老名市生まれ。92年に慶応大学商学部を卒業後、証券会社に入社し、大阪で3年間勤務。95年に同社を退社し、家業に入る。同社で96年から酒米作りをはじめ、米作りから酒造りまでを一貫して手掛ける「栽培醸造蔵」を掲げる。同社は2007年には生産する酒をすべて醸造用アルコールを添加しない純米酒に切り替え、「オール純米蔵」に。専務を経て08年に社長。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「尾瀬あきらさん「夏子の酒」30年、今だから話せること(上)」
←「『夏子の酒』の続き、日本酒をコメからつくるとはどういうことなのか?(上)」

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