たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

ビール麦の復活プロジェクト契機

 筑波山のふもと、イチゴ狩りのビニールハウスや田畑の広がる茨城県石岡市の郊外に公民館を改築した蒸留所がある。大きなガラス越しに、樽(たる)の並ぶ部屋や、銅製の蒸留器がのぞく。木内酒造合資会社(那珂市)が2020年2月、真のジャパニーズクラフトウイスキーを造ろうと稼働させた八郷(やさと)蒸溜所だ。

大麦麦芽以外の原材料をいれるタンク

 同社は世界50か国以上で飲まれている赤いフクロウのロゴの入った常陸野ネストビールで知られる。ウイスキー造りを始めたきっかけも、戦前に普及していたビール用の大麦「金子ゴールデン」を復活させるプロジェクトだった。金子ゴールデンは、日本で戦前に開発されたビール麦だが、他品種に押されて1960年代に姿を消していた。
 2004年に同社副社長の木内敏之さん(57)が、わずかに残る原種の株を入手し、若手農家と一緒に大麦を再生させることに成功。その麦芽と、同じく国産のホップ「ソラチエース」を使用し、日本の素材にこだわったクラフトビール「常陸野ネストビール・ニッポニア」を世に出した。金子ゴールデンを増やす過程で、たんぱく質が多く、でんぷんの少ないビール造りに向かない大麦が大量にできることがわかり、これでウイスキーが造れないかと考えた。「良い材料を短期間勝負で仕上げるのがビール、ウイスキーは蒸留というステップがあるから、材料の質を調整できる」(木内さん)ことに加え、契約農家が栽培した大麦をすべて買い取れば、原料も無駄にならず、種が外部に流れることもない。
 16年から那珂市にあるビール工場(額田醸造所)の一角で製造を続けた結果、石岡市に蒸留所を建設し、ウイスキーの本格生産に乗り出すことになった。

国産原料にこだわりたいと語る木内さん(右)とヨネダさん

米や小麦、日本の食材でウイスキーを

 イチローズモルトで知られる「ベンチャーウイスキー」社の成功をきっかけに、ここ数年、日本国内で小規模なウイスキーのクラフト蒸留所の建設が相次いでいる。その多くは大麦を原料とするモルトウイスキーだ。八郷の2階には、発芽させた大麦を砕き、仕込み水を加えて糖化させるタンクがある。モルトウイスキーを造るだけなら、これで十分だが、隣にもう一つ、大麦以外の穀物を糖化させるタンクがある。
 同社は、小麦ビールの「ホワイトエール」や赤米を原料とする「レッドライス・エール」、茨城の福来(ふくれ)みかんの香りが引き立つ「だいだいエール」など、様々な原料を用いたビールを発売しており、ウイスキーでも多彩な原料を使うことにしている。木内さんの考える真のジャパニーズウイスキーとは、日本の原材料を、日本で蒸留し熟成させたもの。「アメリカがトウモロコシやライ麦といった土地のものでバーボンやライウイスキーを造ったように、普通につくっている穀物で造りたい」という。米や小麦はその代表格で、ソバやライ麦も試している。

酵母を培養させるタンク

原料の個性が出たグレーンウイスキー

 大麦麦芽のみで造られるモルトウイスキー、中でも単一の蒸留所で造られるシングルモルトは世界的な人気だ。一方、大麦以外の穀物でつくるグレーンウイスキーは、モルトウイスキーと合わせてブレンデッドウイスキーにするのに用いられるが、単独ではやや個性に欠け、光が当たりにくい。木内酒造は素材の特徴を生かした特長あるグレーンウイスキーやスピリッツの開発にも力を入れている。
 スコットランド人の母と日本人の父を持つ、ヨネダ・イサムさん(32)は英国から来日し、那珂市で英語教師として1年間働いた後、「ものづくりにかかわりたい」と木内酒造に入社。ビール造りを経験したあと、八郷で蒸留酒の担当になった。国際的な品評会での受賞を夢にウイスキー造りに励むが、「世界で認められるためには、スコットランドのスコッチをお手本にするだけでなく、日本ならではの個性を出さなければ」と言う。

ウイスキーの熟成樽

 蒸留するもろみを造る際の酵母は外から仕入れるだけではなく、自社のビールや日本酒の製造工程で得られた酵母も培養して使う。日本酒からビール、梅酒、ワイン、焼酎、ウイスキーまで造る会社ならではの強み。ウイスキーを熟成させる樽は、ビールの海外販売で築いた営業拠点を使い、ポルトガルからポートワインを寝かせた樽、アメリカからバーボンの樽、ジャマイカからラムの樽などを取り寄せている。

東京蒸溜所で提供する飲み比べセット

ビールに酒粕、桜の樽

 同社のウイスキーがボトルとして販売されるのは来年以降だが、東京・JR秋葉原駅近くの「常陸野ブルーイング東京蒸溜所」で一足早く味わえる。八郷で昨年3月に蒸留した若い原酒4種類の飲み比べセットを頼んだ。米と大麦麦芽を原料にビール酵母を使ったグレーンウイスキー、ビールを蒸留させたスピリッツ、酒粕(さけかす)を蒸留したスピリッツ、そして大麦麦芽のモルトウイスキーで値段は1280円(税込み)。原料や酵母の香りをそれぞれに蓄え、ライトな口当たり。セットとは別に、桜の樽を使用した濃厚な木の香りのウイスキーも楽しめる。
 目を閉じてゆっくりと味わうと、八郷周辺の田園風景が呼び起こされた。時がたてば、また味わいも変化していく。茨城で育ったウイスキーが、フクロウのビールのように、世界へと羽ばたく日が来るかもしれない。(クロスメディア部 小坂剛)

【木内酒造合資会社】1823年(文政6年)創業。庄屋の木内儀兵衛が年貢米の余りで酒造りを始めたのがルーツ。清酒「菊盛」をはじめ焼酎やワイン、リキュールも醸造。規制緩和を機に参入したビール事業で「常陸野ネストビール」が大ヒットし、世界50か国以上で飲まれている。現在、お酒の売り上げの約9割がビール。ネストは本社のある茨城県那珂市鴻巣の「巣」にちなみ、ビールのイメージキャラクター・フクロウは、コウノトリ、アンコウを含む3種類の生き物から選ばれた。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

シードル醸造所支援のクラウドファンディング】  「一杯の幸福」でも紹介した東京・神田でシードルとウイスキーの店「Eclipse first」を営む藤井達郎さんが、古里・群馬でシードル醸造所を始めることになり、支援を募っています。返礼品は、できたてシードルとオリジナルエコバッグ、世界のシードル5種類飲み比べセット、醸造所見学&試飲付お座敷セミナーなど。詳しくは、こちらから。

→「進化する造り酒屋~フクロウのビールもウイスキーも鍵は「日本」(下)」
←「コロナ禍のイチローズモルト~ウイスキー造りの原点、肥土伊知郎氏のバー愛(上)」

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