たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

創業から200年の木内酒造

日本酒一本からの転換

 木内酒造合資会社は1823年、常陸国の那珂郡鴻巣村で庄屋を務めていた木内儀兵衛が、水戸藩に上納する年貢米の余りを酒に加工したことに始まる造り酒屋だ。日本酒一本で明治、大正を乗り越え、戦後の物不足の時代には急速に売り上げを伸ばしたが、高度成長期にビールや焼酎、ウイスキーが普及すると、日本酒は全国的に売れなくなっていく。
 7代目の前社長・木内造酒夫(みきお)氏の次男で副社長の木内敏之さん(57)が大学卒業後、同社に入ったのはバブル真っ盛りの頃。日本酒の売り上げは一時的に増えたが、1990年代半ばから落ち込んでいった。「日本酒だけでは立ちゆかなくなる」。木内さんがそう感じた頃、国の規制緩和でビールの小規模生産が可能になった。同社はクラフトビール事業に参入する。これが当たった。

「コロナ禍のプロジェクトで従業員の士気は上がった」と話す木内さん

酒の売り上げの9割がビール

 カナダから取り寄せた製造機器を社員が設置することで費用を抑え、イギリス産の麦芽やホップで、最初のビールを完成させたのが96年10月。その1年後に大阪で開かれた世界のビールコンテストで「常陸野ネストビール アンバーエール」はダークエール部門で金賞を獲得する。その後も国内外の品評会で受賞を重ねた。ビールの販売量は国内外で増加し、2019年は計約215万リットルと、01年(約12万リットル)の17倍超。米国では特に人気があり、19年は販売量の約55%が海外向けだ。
 規制緩和の「地ビール」ブームで約260の小規模醸造所が誕生したが、業績不振で撤退へと追い込まれた事業所も出た。「いい品質のビールを造り続けられたから、この30年で日本酒が売れなくなって落ち込んだ分をカバーできた」と木内さんは振り返った。今では酒類の売り上げの約9割をビールが占め、日本酒は梅酒と合わせて約1割に過ぎない。

余ったビールでジンを製造するのに使われた蒸留器(常陸野ブルーイング東京蒸溜所)

コロナで上がったブランド価値

 飲食店事業にも進出し、順調に業績を伸ばしていた木内酒造だが、昨年2月以降の新型コロナウイルスの感染拡大で打撃を受ける。都内にあった飲食店5店舗は休業し、アメリカの店舗は閉鎖に追い込まれた。このとき地域のニーズに応えようと始めたプロジェクトで活躍したのが、「ビールの次」をにらんで準備してきた蒸留の技術や設備だった。

消毒に使える高濃度アルコール製品「NEW POT70」

 消毒液に使えるアルコール度数70度のウイスキーの原酒を発売したのに加え、飲食店で余った業務用ビールを引き取り、無料でクラフトジンにする「SAVE BEER SPIRITS」をスタート。60か所から引き取った計約3万リットルのビールを茨城の八郷蒸溜所と東京の常陸野ブルーイング東京蒸溜所で蒸留し、香り付けをして約2400リットルのジンにして戻した。
 これとは別に、茨城県内に工場があるアサヒビール、キリンビールと協力し、出荷が見込めない工場の在庫ビール約1万2000リットルを引き取り、八郷蒸溜所で蒸留し、約1260リットルの消毒液にして周辺4市に寄贈した。
 三つの事業で「利益は出ないが、損失もなかった」(木内さん)が、50人の社員が働く3工場で操業を継続できた。「休業して雇用調整助成金をもらうよりも士気は高まった」(同)。三つのプロジェクトは多くのメディアで取り上げられ、「木内酒造のブランド価値は向上した」(同)という。

茨城のブランド牛「常陸牛」を使ったハンバーガーは看板メニュー(常陸野ブルーイング水戸店)

「もったいない精神」の30年

 日本酒の国内出荷量はピークだった1973年の170万キロリットル超から近年は50万キロリットルを下回る水準に落ち込む。70年には3553あった製造事業所も半世紀でおよそ3分の1に減った。「マーケットの成熟に合わせて業態を変化させないと生き残れないのが日本。アルコール業界は10年サイクルで大きく変化するから、常に次の10年を見据えていかないと」と木内さんは力説する。
 そして、日本酒を核として他のビールやウイスキーへと事業を広げた木内酒造の過去30年は、「もったいない精神」に貫かれている。コロナ禍で余ったビールを消毒液やジンにする取り組みもそうだが、ビールに使えない大麦でのウイスキー造りを思い立ち、ビール造りで余った酵母を蒸留してアルコールを取り出してリキュールも造っている。
 伝統や技術を、地域や時代のニーズとどう組み合わせるのか。それは木内酒造だけの課題ではない。(クロスメディア部 小坂剛)

【木内酒造合資会社】1823年(文政6年)創業。庄屋の木内儀兵衛が年貢米の余りで酒造りを始めたのがルーツ。清酒「菊盛」をはじめ焼酎やワイン、リキュールも醸造。規制緩和を機に参入したビール事業で「常陸野ネストビール」が大ヒットし、世界50か国以上で飲まれている。現在、お酒の売り上げの約9割がビール。ネストは本社のある茨城県那珂市鴻巣の「巣」にちなみ、ビールのイメージキャラクター・フクロウは、コウノトリ、アンコウを含む3種類の生き物から選ばれた。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

シードル醸造所支援のクラウドファンディング】 「一杯の幸福」でも紹介した東京・神田でシードルとウイスキーの店「Eclipse first」を営む藤井達郎さんが、古里・群馬でシードル醸造所を始めることになり、支援を募っています。返礼品は、できたてシードルとオリジナルエコバッグ、世界のシードル5種類飲み比べセット、醸造所見学&試飲付お座敷セミナーなど。詳しくは、こちらから

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