ウイスキー造りを決意したキルホーマン蒸溜所の中庭(中村さん提供)

 たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

馬小屋のような蒸留所

 話は2012年6月に遡る。ウイスキー好きの中村大航(たいこう)さんは、知り合いの茶道の先生がパリで個展を開くと聞き、個展を訪れるついでにスコットランド・アイラ島を訪ねることにした。当時、43歳。淡路島より少し大きいアイラ島には、潮の香りやヨード臭のする独特のウイスキーを造る蒸留所が幾つもあり、「ウイスキーの聖地」と呼ばれている。

ガイアフロー静岡蒸溜所

 タクシーを借り切り、島に8か所ある蒸留所をすべて巡った。最後に見学したのが05年に創業した最も新しいキルホーマン蒸溜所だった。最新鋭の設備を備えたベンチャーかと思っていたら、農場内の馬小屋を改造したようなシンプルな造りで、大麦麦芽を乾燥させる塔にはトタン板。「手作り感満載だな。こんなところで造っているのか」

「自分で造ってみようと思うんだけど」

 創業からわずか7年だが、自家栽培の大麦も使い丁寧に仕上げるウイスキーは、日本でも知られ始めていた。見学を終え、中庭の椅子に腰を下ろした中村さんは、30分近く考え込んだあと、一緒にいた妻の美香さんに言った。
 「自分でウイスキーを造ってみようと思うんだけど、できると思う?」
 「できると思う。やればいいじゃない」
 じゃあ考えてみようか――。そう思ったら、止まらなくなった。その4年後、中村さんは「オクシズ」と呼ばれる静岡市北部の中山間地域、旧玉川村に「ガイアフロー静岡蒸溜所」を建設。昨年12月、「シングルモルトウイスキー静岡 プロローグK」を初リリースした。

テイスティングルームで半生を振り返る中村さん

燃え尽きて自分探し

 アイラ島を訪れる前も、訪問した後も、トントン拍子では進まなかった。「小さい頃からオタクな感じでした」。静岡蒸溜所のテイスティングルームでインタビューに応じた中村さんが、半生を振り返った。中学でボードゲームにはまり、高校でパソコン通信を始め、大学ではパソコンゲームに夢中になった。だが、ゲーム業界やIT業界には就職しなかった。清水市(現・静岡市清水区)の企業で6年ほど働いた後、祖父が起こした精密部品会社に入り、社長の父を支える。
 働くのは家族を幸せにするため。幼い頃から、苦労している両親を見ていたので、早く楽にしてあげたかった。父から社長を引き継ぐと、会社を立て直し、トヨタ自動車の生産方式を参考に、作業効率を上げる「カイゼン」に取り組んだ。社長就任から5、6年たつと、業績は好転し、外部から見学者が訪れるほど製造ラインの魅力度は増したが、両親の大変そうな様子は変わらなかった。それに気付くと、「自分は何のために働いてきたのだろう」とむなしくなった。「自分は何をしたいんだろう」と悩み、会社から足が遠のいた。30歳代後半で自分探しを始め、心理学を勉強した。
 ゲーム業界と精密部品業界の経験から「最先端の仕事ははかない」と実感した。技術革新で新しい価値の創造が続く中、時代を超えて残るものは何か、と問いかける日々。自己分析してみると、計画性がないと思っていた自分が、長期的な計画を立てて進むことが案外得意だと気づいた。ならば自分を深掘りし、夢を追いかけるのもいい――。

5000本発売の「プロローグK」は現在品切れ

再生可能エネルギーを志すも……

 転機は2011年3月に訪れた。東日本大震災が発生したことで、「突然終わるかもしれない人生なら、自分を最大限いかせる仕事がしたい」と意を強くした。東京電力福島第一原子力発電所の事故の影響から、再生可能エネルギーが注目され始めてきた。風力や太陽光で発電した電気を家庭に小売りしようと、12年に「ガイアフロー」を設立した。早晩、家庭向けの電力小売り自由化がスタートすると中村さんはみていたが、結局、自由化のスタートは2016年4月となった。会社を設立したものの、事業化できない。アイラ島を訪ねたのは、そんな頃だった。
 ウイスキー造りの事業プランを頭の中で練りながら帰国し、埼玉県秩父市に蒸留所を立ち上げ、「イチローズモルト」の造り手として注目されつつあった肥土伊知郎(あくと・いちろう)さんに相談することにした。フェイスブックでアカウントを探して連絡を取り、会いに行った。3時間ほど質問攻めにし、想定していた数億円ほどの事業規模で収まりそうだと知り、「これなら自分の器でできる」と思った。「いかに情熱を維持できるかがポイント」、「まずは業界に飛び込んでみてはどうか」。肥土さんの助言は心に響いた。

スコットランド製の蒸留器と中村さん

輸入代理店でスタート

 ウイスキーのコレクターだった父の影響から静岡市内のバーに通い続けていた縁で、酒蔵やワイナリーを一緒に訪ねる飲み友達はいたが、酒のビジネスに人脈がない。ウイスキーを造っても販路と認知度がなければ事業を継続できないので、酒類の販売から始めようと考えていたところ、偶然、イギリスの瓶詰め業者「ブラックアダー」の輸入代理店となった。酒販店を巡ったものの、最初の年は全く売れず、3人いた社員のうち2人は辞めた。苦しい日が続くうち、NHKの連続テレビ小説「マッサン」の放映を機にウイスキーブームが到来、在庫は一気にさばけた。
 並行して国内外の蒸留所や醸造所を訪ねて視察と研修を繰り返し、蒸留所を建設する土地を全国で探した。ようやく見つかったのが膝元の静岡市で、行政が活用を模索していた遊休地だった。中村さんは、そこに世界でも珍しい蒸留器を備えたユニークな建物を建設する。(クロスメディア部 小坂剛)

【中村大航(なかむら・たいこう)】1969年、静岡県生まれ。家業の精密部品製造会社社長を経て、2012年にガイアフロー株式会社を設立し、ウイスキーの輸入販売を手がける。14年にウイスキー製造を目的にガイアフローディスティリング株式会社を設立し、16年に静岡市玉川地区に蒸留所を建設。20年12月に「シングルモルトウイスキー静岡 プロローグK」を初リリースする。「K」は蒸留器を受け継いだ軽井沢蒸留所のイニシャル。21年に薪(まき)の直火(じかび)で蒸留した「プロローグW」(「W」はwood fireから)も発売予定。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

【シードル醸造所支援のクラウドファンディング】  「一杯の幸福」でも紹介した東京・神田でシードルとウイスキーの店「Eclipse first」を営む藤井達郎さんが、古里・群馬でシードル醸造所を始めることになり、支援を募っています。返礼品は、できたてシードルとオリジナルエコバッグ、世界のシードル5種類飲み比べセット、醸造所見学&試飲付きお座敷セミナーなど。詳しくは、こちらから。

→「静岡材の直火で時代を超えるウイスキーを~自分探しの到達点(下)」
進化する造り酒屋~フクロウのビールもウイスキーも鍵は「日本」(上)

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