たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

地元の木材を使うという個性

 鉄の扉を開けると、熱風が吹き出す巨大な竈(かまど)の奥に燃えさかる炎が見える。耐火性の前掛けをつけた従業員が15分おきに、地元で伐採した杉やヒノキの間伐材で成る薪(まき)を竈へと放り込む。竈の上部には、銅の蒸留器が鎮座する。「オクシズ」と呼ばれる静岡市北部の中山間地域にある「ガイアフロー静岡蒸溜所」を訪れる見学者が、長く足を止める場所だ。

静岡産の杉を使った発酵槽

 大麦の麦芽からつくるモルトウイスキーは通常、発酵させたもろみを2回にわたって蒸留する。静岡蒸溜所では、初留と呼ばれる1回目の蒸留に、薪を使って直火(じかび)で加熱するタイプの蒸留器を採用している。蒸留器で多いのは内部に蒸気の配管を通す間接過熱方式で、ガスや石炭などを使って炎で直接加熱する方式はコストや手間がかかることから少数派だ。薪を使い量産しているのは世界でここだけという。
 創業者の中村大航さん(52)が直接加熱にこだわったのは、間接加熱方式では得られない「厚みのある、余韻が長く続く味わい」を求めたからだ。薪にこだわったのは、林業が盛んなオクシズの地域性を生かすため。麦汁を発酵させるタンクも地元の杉で作るなど、地元材をふんだんに使っている。

軽井沢蒸留所から受け継いだ粉砕器

蒸留器による味の違いを体感

 初留に使うもう一台は、2016年に取り壊された軽井沢蒸留所の間接加熱方式の蒸留器を受け継いだ。閉鎖に伴い、大麦麦芽の粉砕器などとともにオークションにかけられたのを運よく落札できた。軽井沢のウイスキーは今も世界的に人気があり、熱烈なファンがいる。
 静岡蒸溜所で定期的に行っている見学ツアー(入場料税込み1100円)を終えると、テイスティングルームで、この二つの蒸留器で造られたウイスキーを有料で飲み比べできる。その味は驚くほど違う。間接加熱のものはライトでフルーティー、薪の直火はパワフルで芯に強さがある。中村さん自身、蒸留器でここまで変わるのかと衝撃を受けた。

薪を使う竈の前にて

 見学ツアーでは、ウイスキー造りの現場をガイドの丁寧な説明を聞きながら体感できる。大麦麦芽が粉砕され、糖化槽から、発酵槽を経て、蒸留され、薄暗い熟成庫の樽(たる)で長い眠りにつくまでの全プロセスを、ガラス越しではなく、至近距離で見ることができる。ウイスキー愛好家にとって蒸留所見学がいかに特別な体験かを知る中村さんが、「また来たくなるような場所にしたい」と工夫を凝らした空間がそこにある。

職人の誇りと価値

 中村さんがかつて在籍した精密部品の世界は、効率性をひたすら追い求める環境にあった。求める品質さえ満たされれば、安価であることに重きが置かれ、職人の価値や誇りが認められにくいように映った。
 「極端に言うと、パソコンでマウスを操作すればウイスキーを造れる環境も出始めていますが、うちはあえて自動制御にしていません。人の感覚で、バルブを開け閉めし、薪も人力で投入する。職人の経験や力量、誇りが求められる職場にしたいのです」と中村さん。製法によって味や香りが大きく異なることが科学によって説明しきれないのも、人間にしか生み出せない、計測できない価値があるからだ。

熟成中のプライベートカスク

自分だけのウイスキー

 静岡蒸溜所には、原酒を樽ごとに予約購入できる「プライベートカスク」の仕組みがある。1樽30万円ほどから樽のオーナーになれ、樽詰めの3年後に瓶詰めされる。ウイスキーは熟成させる樽の場所や時期によって微妙に味わいが異なるというから、まさしく「自分だけのウイスキー」を手にできるというわけだ。これまでに1000樽ほどの予約を得たという。
 これは蒸留所の運転資金を賄う方策でもある。ウイスキーは、蒸留して3年ほどの熟成期間を経ないと販売できない。「蒸留してもすぐに売れないウイスキーは、ビジネスでの効率性が低い。今でこそ新規参入が増えていますが、何億円という投資したお金をお酒の形にして寝かせなければならない。普通の人はやらないですよ」。中村さんはそう言ったが、その表情には、ようやくなすべきことを見つけたという確信がにじんでいた。アイラ島で受けた啓示から、もう少しで9年となる。(クロスメディア部 小坂剛)

【中村大航(なかむら・たいこう)】1969年、静岡県生まれ。家業の精密部品製造会社社長を経て、2012年にガイアフロー株式会社を設立し、ウイスキーの輸入販売を手がける。14年にウイスキー製造を目的にガイアフローディスティリング株式会社を設立し、16年に静岡市玉川地区に蒸留所を建設。20年12月に「シングルモルトウイスキー静岡 プロローグK」を初リリースする。「K」は蒸留器を受け継いだ軽井沢蒸留所のイニシャル。21年に薪(まき)の直火(じかび)で蒸留した「プロローグW」(「W」はwood fireから)も発売予定。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

【シードル醸造所支援のクラウドファンディング】  「一杯の幸福」でも紹介した東京・神田でシードルとウイスキーの店「Eclipse first」を営む藤井達郎さんが、古里・群馬でシードル醸造所を始めることになり、支援を募っています。返礼品は、できたてシードルとオリジナルエコバッグ、世界のシードル5種類飲み比べセット、醸造所見学&試飲付きお座敷セミナーなど。詳しくは、こちらから。

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