たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

昨年、限定発売したカクテルボトル

バーカウンターで旅する生産地

 ゴーグルをした客がバーカウンターに2人。1人は、南米・コロンビアのカカオ畑を見ている。そっと手を伸ばして、カカオの木にぶらさがるラグビーボールのような赤褐色の実に触れようとしている。隣の客がゴーグル越しに見ていたのはロンドンのジン製造所。香り付けに用いられるジュニパーベリーの視点で、蒸留器内でジンが造られていく映像が展開していった。客の前にはそれぞれの、カカオ豆やジンを使ったカクテルが置かれている。
 カクテルを飲みながら仮想現実で素材の産地を旅する。都心でバー4店を営む南雲主于三(しゅうぞう)さん(40)は、そんな未来を思い描いている。新型コロナウイルスの感染拡大で休業を余儀なくされた折には、焼酎メーカーとタイアップして高級カクテルを入れたボトルを商品化し、オリジナルカクテルの材料を小分けにしてカクテルキットを発売するなど、従来のバーの業態を超えた試みを重ねた。バーと酒蔵との協力関係は今後、ますます盛んになるかもしれない。だが、コロナ禍でなかったとしても、バーもバーテンダーも大きく姿を変えていく、と南雲さんは確信している。その原動力はテクノロジーだ。

バーの未来について語る南雲さん

変わるバーテンダーの役割

 バーに通う楽しみは、酒の知識が豊富なバーテンダーのうんちくに耳を傾けながら、いろんな酒を味わうことにあると思っていた。日常と切り離された、特別な空間でたしなむ酒の味は格別。バーで、サトウキビから造られたラムや、リンゴの蒸留酒カルバドスを初めて味わったときの感激は忘れられない。何度か通ううちに、自分の好みが店の人に伝わり、「これはお好きだと思いますよ」と薦めてもらうと、常連に認定されたかとうれしくなった。だが、そんな体験は過去のものになるのかもしれない。
 電子商取引(EC)サイトで買い物をすると購入履歴がたまり、オススメ商品の案内が送られてくる。それと同じように、バーに入り、店内のQRコードをスマホで読み取ると、店にあるメニューの中から、客がこれまでバーで飲んできたカクテルの記録をもとに、「あなたにオススメのカクテルはこちらです」と表示される。
 あるいは、モルトウイスキーの知識が豊富なバーテンダーに自分の好みに合ったウイスキーを尋ねるのと同じように、スマホのアプリに入力すれば答えが得られる。そんな仕組みがいずれ実現するだろう。
 そのとき、バーテンダーが客の好みを知っていることや、オールドボトルの豊富な知識を持っていることはそれほど重要でなくなり、別の技能や知識が優先される。

カウンターに置かれた焼酎のボトル

オートカクテルマシン

 南雲さんは著書「ザ・ミクソロジー」で、近い将来、家庭用と業務用のオートカクテルマシンが開発されるだろうと予言している。氷を準備し、チューブやカプセルに保存したカクテルをセットしてボタンを押せば、カクテルができる。伝説のバーテンダーのレシピでつくられたマティーニやギムレットが、自宅やオフィスでも飲めるようになる。
 だが、それによってバーやバーテンダーが不要になるわけではない。レシピを考案するバーテンダーは必要だし、マシンが世界中に普及すれば、実際のバーテンダーにつくってもらい、マティーニを飲んでみたいと考える人が外国からも来るだろう。南雲さんは「自動化される未来は、バーテンダーが不要となるどころかますます重要性が増していくはずだ。創造性が高いバーテンダーが考案したカクテルが世界中で消費されることで、その地位と職業はさらに変化する」と予測している。

100年後のバーは?

 「これはもっと先の話かもしれません」。南雲さんがそう前置きして、教えてくれたのが、実体験すらいらなくなるかもしれない未来。味覚や嗅覚、触覚で感じるカクテルの情報を電気信号で送れるような技術が開発されれば、カクテルを実際に飲まなくても楽しめる。極端に言えば、病院のベッドでもマティーニを飲んだときの幸福に浸ることができる。
 テクノロジーによって社会が進化すれば、バーもバーテンダーもカクテルも姿を変えざるを得ない。何が変わり、変わらないものは何か。変質と本質を見極めなければ、未来は予測できない。食べ物や飲み物を提供し、人を幸せにするという飲食業の役割は変わらなくても、その手法は大きく変わる。バーは100年後、どうなっているのだろうか。
 南雲さんは「僕らの時代にはそう大きく変わらないとしても、次の世代になれば、『バーは人と人をつなぐ』『バーには人がいないとダメ』なんて言っている人は消えて、化石になるかもしれない。今のバーの姿は100%変わる。未来像を描いて知識と技術をつけていかなければ、バーは生き残れないかもしれない」。南雲さんの口調は熱を帯びた。(クロスメディア部 小坂剛)

泡盛のカラマンシーソーダ

【南雲主于三の家飲み】……これからの季節にオススメな泡盛のカラマンシーソーダ
 私が最近気に入っているのが、東南アジアで栽培されているカラマンシーのビネガーシロップ。ビールや牛乳で割ってもおいしいですが、沖縄の泡盛との相性も抜群です。泡盛とカラマンシーシロップを各30ml、そこに炭酸を加えれば、カラマンシーソーダのできあがり。春から夏にかけて、晴れた日の休日に屋外で飲むのがオススメです。

【南雲主于三(なぐも・しゅうぞう)】1980年、岡山県生まれ。大学時代にアルバイトでバーテンダーの世界に入る。大学卒業後に不動産会社で1年働いたあと、ロンドンに渡り、有名レストラン「Nobu London」で働きながらヨーロッパ各地を旅する。2007年に帰国し、09年にスピリッツ&シェアリング株式会社を設立し、ミクソロジーカクテルを提供するバーを都心に相次いで開き、現在は4店舗を経営。経営者でありミクソロジスト。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

【シードル醸造所支援のクラウドファンディング】  「一杯の幸福」でも紹介した東京・神田でシードルとウイスキーの店「Eclipse first」を営む藤井達郎さんが、古里・群馬でシードル醸造所を始めることになり、支援を募っています。返礼品は、できたてシードルとオリジナルエコバッグ、世界のシードル5種類飲み比べセット、醸造所見学&試飲付きお座敷セミナーなど。詳しくは、こちらから。

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