たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

カップ酒がずらり

昭和の風情残す酒屋さん

 東京の中野、西武新宿線新井薬師前駅からも、東京メトロ東西線落合駅からも、歩いて10分以上かかる。利便性が良いとは言えない酒販店「味ノマチダヤ」。街の酒屋の多くが廃業したり、コンビニ店に姿を変えたりした今となっては珍しい昭和時代の店構えとなっている。この老舗酒販店は、半世紀近く前から全国の知られざる蔵元を発掘して紹介し、ユニークな企画を連発して日本酒業界をけん引してきたことで知られる。
 例えば、コロナ禍で売り上げが増えているカップ酒。店の奥、左側にある大きな冷蔵庫には動物や風景、カラフルな文様の100種類近いラベルが並ぶといった具合だ。日本酒の仕入れや企画を担当する番頭の印丸佐知雄(いんまる・さちお)さん(59)によると、2004年頃に渋谷区内にある立ち飲み屋から「カップ酒を提供したい」と相談を受けたことがきっかけになった。

キャンプ場で人気の「ほしとたきびカップ」を持つ印丸さん

人気の地酒をカップで

 カップ酒といえば、1本200円を切る普通酒が一般的だったが、印丸さんたちは、地酒蔵の個性が生きる純米や純米吟醸の酒を詰められないかと考え、取引のある全国の酒蔵に声をかけた。「手間はかかるし、そんなに儲(もう)からないけど手伝ってくれないか」。カップ酒がおいしければ一升瓶だって買ってもらえる。その結果、日本酒ファンのすそ野が広がるはずだ。アパレル業界出身の印丸さんは、デザイナーの奥さんと一緒にラベルのデザインも考えて蔵元に提案した。「上喜元(じょうきげん)」「石鎚(いしづち)」「貴(たか)」「豊盃(ほうはい)」……。通が好む蔵が「マチダヤさんが言うならやります」と次々に参加し、1年で60種類ほどに増えた。カップ詰めの生産ラインがないのに、一升瓶から冷蔵庫内で手詰めしてくれたところも。月1万本売れるヒット商品になり、朝のテレビの情報番組で紹介された月には3万本売れた。

スーパー晩酌酒の棚

人気晩酌酒「モヒカン娘」

 カップ酒に続けてマチダヤが手がけたのが「スーパー晩酌酒」だった。「おかあちゃん、お金頂戴(ちょうだい)」。定年退職した男性がそう言って頭を下げなくても、小遣いで購入できるうまい酒。「飛露喜(ひろき)」「会津娘」「東洋美人」「日高見(ひたかみ)」などを醸す11の酒蔵に試作を呼びかけた。「一升瓶で価格は1800円(税別)以下」(当時)、「開栓後も3か月は常温保管可能に」「ニューレトロっぽい落ち着いたラベルで」などと「お題」で細かく指示した。2005年に仕込みが始まり、翌年、チャレンジした蔵元とマチダヤのスタッフで試作酒を試飲し、「これは」という銘柄を毎年行っているマチダヤと取引先のある飲食店向け試飲会でお披露目した。蔵元が酒に込めた思いを発表したあとに意見交換し、印丸さんは飲食店主に1合600円以下の手頃な値段で提供してほしいと伝えた。今も続く人気企画となっており、店のレジ近くの棚一列を常温保管の「スーパー晩酌酒」コーナーとした。一番の人気は、青森県の三浦酒造が造る「モヒカン娘」だ。
 マチダヤは季節感を大事にする。06年には「夏向けの酒」を造ろうと呼びかけ、17蔵がチャレンジした。日本酒は冬の酒というイメージが強く、夏場は売れず、焼酎に押されがち。ならば、これまでにない夏に特化した日本酒を造ろうと呼びかけた。スッキリとした飲み口、冷えた体に優しい夏の燗酒(かんざけ)など、様々なタイプが生まれた。
 その翌年は「辛口百景」。辛口の酒といった場合、酒の糖分などを測定して数値化した日本酒度という指標のみに頼る風潮に疑問を感じた印丸さんが、「いろんな個性をもった辛口の酒があるはず」と提案した。

カップ酒は家飲みにもぴったり

蔵元と酒販店の連動でファン層拡大

 企画を連発した2000年代は、地酒を置きたいという飲食店の要望が高まる一方で、日本全国で代替わりした新しい蔵元が、日本酒離れで傾いた蔵を立て直そうと奮闘していた。「全国に飛び立ってやろうという若い蔵元の情熱がみなぎっていましたから、提案すると、みんなテーマに沿った技術勝負と真剣に取り組んでくれました」(印丸さん)
 造った商品を仕入れるだけではなく、市場にない新しいタイプの酒を造ってほしいと酒販店から提案する。目指したのは、蔵元と酒販店とが連動し、日本酒のファン層を拡大し、業界全体の酒質を向上させるという大義だ。

腰まで長髪でガリガリ

 熊本県出身の印丸さんは文化服装学院でファッションビジネスを学んだ後、アパレル業界で働いた。デザイナーズブランドを渡り歩き、「人と同じものは着たくない」とプライベートでも個性的なファッションを追求した。「コムデギャルソンのレディースを着てメイクしたり、新宿のディスコ・ツバキハウスに出入りしてモスコミュールを飲んだり。麻布十番で昼食をとり、職場は六本木。今は死語ですが、周りには『とっぽい人』がたくさんいました。みんなが憧れるブランドを自分たちの手で創り出そうという夢がありました」
 流行の先端にいた印丸さんが、あるとき、「梅錦」という愛媛の地酒を飲んだことをきっかけに日本酒にはまった。マチダヤに客として通っていたが、あるとき「時給千円、まかない付き」のはり紙に目を奪われた。とあるデザイナーズブランドをやめたばかりで、次の就職先が決まるまでのアルバイトを探していた。「ヒッピーのように腰までの長髪で、ガリガリにやせていて、分厚いラバーソウルの靴を履いて面接を受けた。今なら絶対に採用されない」と印丸さんは苦笑した。結婚を機にアルバイトから正社員となり、勤めて約30年になる。
 アパレルと酒販店には何か通じるものがあるのだろうか。「蔵元はアパレルの世界でいえばデザイナーのような存在。アパレルのブランドで働いていると、一人のデザイナーのセンスでしか企画は進められないのですが、酒屋はいろんな蔵元と付き合って本当においしいと思う酒を売れるから楽しい」
 マチダヤはなぜ地酒中心の店となったのだろうか。次回は、長髪だった印丸さんをアルバイトに採用した社長の木村賀衛(よしもり)さん(71)の話に耳を傾ける。(クロスメディア部 小坂剛)

印丸佐知雄(いんまる・さちお)】1962年、熊本県玉名市生まれ。文化服装学院卒業。ファッションメーカー3社を経て、93年に味ノマチダヤの正社員となる。現在の肩書は、味ノマチダヤ番頭兼はりきり企画部。趣味は50歳で始めたキャンプ。帯付きレコードのコレクターでもある。ビートルズを入り口にブリティッシュロックの深い森をさまよい、カントリーロックも愛聴。愛犬のワイアー・フォックス・テリアは、カップ酒のラベルのデザインにも登場している。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

「蔵元はデザイナー~酒蔵引っ張る老舗酒販店の底力(下)」
前編「早すぎた祖父の夢~琥珀色の日本酒とワインに負けない酸の酒(上)」

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