たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

燗酒を平盃に注ぐ貴夫さん

晩酌は燗、必ず食事と

 埼玉県蓮田市にある神亀(しんかめ)酒造の8代目蔵元、小川原(おがわはら)貴夫さん(42)は毎晩、食事を取りながら、必ず自社の「神亀」と「ひこ孫」を計3合、燗(かん)で晩酌する。燗酒を愛し、「酒は酒だけで飲むんじゃない」が口癖だった先代の元同社専務、小川原良征さん(2017年死去)のスタイルを受け継いでいる。
 正しい燗酒の飲み方を教えてください――。貴夫さんにお願いし、JR蓮田駅近くの日本料理店「大利(だいとし)」に連れて行ってもらった。席に着くなり、貴夫さんは「マイ箸」と「マイ平盃(ひらはい)」を取り出し、神亀を2合、燗で注文した。お通しのウニを木製のスプーンですくって口に入れる。「うま味が広がったところで、すっと入れるんです」。貴夫さんは燗酒を注いだ平盃を口につけ、そっと唇の間に流し込んだ。まねしてみた。口の中でとろけていたウニのうま味が、燗酒でさらにじわ~っと広がる。強い辛口の酒は自らを主張せず、食事を引き立てる。それが燗酒の妙味と料理との相性なのだろう。貴夫さんは、酒は必ず食事と一緒にとる。先代からは空酒は体に悪いと繰り返し言われていた。
 燗にはお猪口(ちょこ)より、平盃がいい。飲み口が直角に立つお猪口は口に注ぐと、舌の上の料理に酒が覆いかぶさるが、平盃は斜めから差し込むように料理に入り込む。
 貴夫さんは、冷や酒だと1合ぐらいしか飲めないが、燗だと1升も飲んでしまうことがある。「何より燗酒は食事によく合う。それに、冷や酒は体の中で温めないと、アルコールの分解が始まらない。でも、燗酒は飲んですぐに吸収が始まるから、長時間でも飲み続けられます」。確かに燗酒を飲むと、体にスムーズに吸い込まれていく感じがする。

槽と呼ばれる昔ながらの圧搾機

コピーライターから杜氏に

 JR蓮田駅から徒歩15分。竹林に囲まれた神亀酒造の酒蔵は看板もなく、教えられなければ、それとは気づきにくい建物だ。最初、酒蔵を訪れたときにはどこが入り口かわからなかった。近年、酒蔵の経営者が、酒造りの責任者である杜氏(とうじ)も同時につとめる蔵元杜氏となるケースが目立つが、神亀では伝統的な蔵元と杜氏の分業体制をとる。米の調達や経営、販売は蔵元の貴夫さんがみて、酒造りは杜氏の太田茂典さん(57)が指揮している。
 太田さんは大学卒業後、広告代理店でコピーライターなど広告制作の仕事をしていたが、30歳で奈良の酒造会社に転職し、5年ほど勤めたあとに実家のある埼玉で働きたいと、神亀に移った。もともと日本酒が好きで、食に関わり、技能を身につけられる仕事を探していた。「全然違う仕事かと思っていたが、いろんな人がまとまって、ひとつのものを構築するという意味では、日本酒造りも広告制作も似ています」(太田さん)。
 酒造会社に転職してまもなく、酵母や麹(こうじ)という目に見えない微生物を相手に、五感を研ぎ澄ませ、細かな判断を重ねていく酒造りの魅力を知った。頭脳だけでなく全身を使うのできついが、心地よくもあった。何より、手をかけて造ったものを「おいしい」と喜んでくれる人がいることを心からうれしく感じ、「この道を究めたい」と思った。
 杜氏や杜氏のもとで働く蔵人は、もともと春から秋にかけて古里で農業や漁業を営み、秋から春にかけて出稼ぎとして酒蔵に季節雇用されていた。だが、農業が衰退し、杜氏集団の高齢化が進んだことで、杜氏のあり方も変わってきた。太田さんは岩手県の南部杜氏の伝統技術を受け継ぐが、神亀に社員として通年雇用されている。太田さんによると、出稼ぎのようにして働く杜氏はほとんど見られなくなったという。

麹蓋をチェックする杜氏の太田さん

合宿生活で酒造り

 神亀の酒はどうやって造られているのだろうか。大きな特徴は、すべての麹をつくるのに、手間のかかる小さな麹蓋を使うこと、そして、醪(もろみ)から酒を搾るのに、ヤブタと呼ばれる自動式の圧搾機を使わずに、旧式の槽(ふね)と呼ばれる圧搾機を使うことだ。そして、酒の9割は、搾った後に瓶やタンクで2年以上熟成させ、まろやかにしてから出荷する。
 麹造りに時間をかけることもあって、作業の始まりは午前3時過ぎ、米を蒸す作業から始まる。昔ながらの圧搾機も、酒をゆっくりと圧力をあまりかけずに搾るから丸2日かかり、夜間も目が離せない。通勤は不可能なので、秋から春にかけての酒造りのシーズンは、仕込みを担当する8人の蔵人が酒蔵の隣にある合宿所で泊まり込みの生活を送る。「半年の酒造りのシーズンで1年分の仕事をするので、残りの半年間はのんびりと過ごします」と貴夫さんが教えてくれた。
 蔵人の労働環境を改善するため、麹をつくるための機械を導入したり、比較的短時間で酒を搾れる機械を導入したりする酒蔵は増えているが、神亀酒造では昔ながらのやり方を続けている。杜氏の太田さんは、「神亀の味を守るとともに、時代に合わせた働き方の見直しも必要」と頭を悩ませる。先代の教えを守りつつも、蔵人たちのやる気を維持するには新しいことに挑戦する必要がある。

「ひこ孫」はひ孫の意味で、3年以上寝かせた酒を詰めている

麹こそ日本酒の魂

 酒造りの技術が進化し、手間をかけなくても似た味を生み出すことのできる副原料や機器が現れた一方で、手造りでしか出せない酒の味もある。蔵元の貴夫さんは、「神亀の一番大事な要素は麹。手間をかけてつくる麹由来のうまさを味わってほしい」と力説した。
 ワインはもともと糖分が含まれているブドウを発酵させる(単発酵)、ビールは大麦を発芽させた麦芽の働きで糖化させた後に酵母を加えて発酵させる(単行複発酵)。同じ醸造酒でも、日本酒は、麹で米を糖化させると同時に、酵母を用いて発酵させる(並行複発酵)という複雑な形態で造られる。貴夫さんは、化学の知識がない時代に、昔の日本人が創意工夫しながら、独自に醸造酒のつくりかたを編み出したことに畏敬の念を抱いている。「酒造りの現場はどんどん簡素化しているが、麹づくりがなくなったら、ロマンもないし、化学の実験室や工場みたいに淡泊で無機質なものになっちゃいますよ」と貴夫さんは冗談めかして言った。(クロスメディア部 小坂剛)

太田茂典(おおた・しげのり)】1963年埼玉生まれ。明治大学卒業。30歳でコピーライターから転身して酒造りの世界へ。「春鹿」の銘柄で知られる奈良の酒蔵会社に勤めたのち、1999年に神亀酒造に入社し、2005年から杜氏をつとめる(南部杜氏協会会員、1級酒造技能士、日本酒造杜氏)。
筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

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