たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

ナチュール、クラシック、モダンの3シリーズ(左から)

ワインで培った感性を日本酒に

 仙禽(せんきん)とは、仙人の世界にすむ鶴。筆者が初めて「仙禽」という銘柄の日本酒を飲んだのは今年春、夜中にふと目が覚めて、眠れなかったときのことだ。個性的な酒と酒屋で勧められて購入したが、冷蔵庫にしまったままになっていた「モダン・シリーズ」をひとくち味わうと、甘酸っぱさが脳幹を直撃した。どんな日本酒とも違う味、白ワインに似ていると思いつつ、目を閉じると、夜空に大きな鳥が羽ばたいていくような光景が浮かんだ。映画や音楽のように、酒も別な世界にいざなってくれるのだと、しばし幸福感に浸った。
 その仙禽を醸す栃木県さくら市の酒造会社「せんきん」の11代目蔵元、薄井一樹さん(40)はソムリエ出身。ワインの世界で培った感性をいかし、タブーとされていた酸を強調した日本酒をヒットさせ、経営難に陥っていた実家の酒蔵を立て直した。蔵の生産量は薄井さんが戻った頃のおよそ100倍、今や世界16か国に輸出されている。

酒蔵は文化3年(1806年)創業

華やかな世界に憧れて

 「なんて華やかな世界があるのだろう」。1995年、田崎真也さんがソムリエの世界一を決めるコンテストで優勝したとき、高校生だった薄井さんはテレビの映像に見入っていた。生まれ育った日本酒蔵の飾り気のなさとは対極にあるような、華麗なヨーロッパの文化に憧れていた。一流レストランのテーブルをワインのサービスで演出するソムリエは、その文化を体現する存在に思えた。大学に進学すると、ワインバーでアルバイトを始める。レストランサービスの面白さを知り、ワインにかかわる仕事に就きたくなる。日本酒はおしゃれなイメージとほど遠く、好きになれなかった。
 大学を中退し、上京してソムリエの学校で学んだ後、講師としてワインの知識を教えることになった。人前で話すのは好きだったから天職にも思えた。ワインしか頭になかったが、実家の家業に背を向けたままでいることに後ろめたさも感じ、父親とも付き合いのあった勤め先の先輩に相談した。先輩は、「実家の酒と向き合ってみろ」と、日本酒が分かる店主のいる和食店に連れて行ってくれた。実家から取り寄せた酒を持ち込み、店主に飲んでもらうと、店主は首をかしげた後、黙って別の酒を注いで差し出した。

「鶴のひと声」を意味する「仙禽一声」

日本酒はこんなにおいしいのか

 「日本酒とは、こんなにおいしいものかと感動しました。日本酒特有の米ぬかのような臭さが全くなかった」。その酒は福島県の廣木酒造本店の「飛露喜(ひろき)」。日本酒は実家で造った酒ぐらいしか飲んだことがなかったので、実家の酒があまりおいしくないことも痛感させられたという。
 父親から「実家に帰ってこい」と直接言われたことはなかったが、酒蔵の経営が苦しいのは分かっていた。その頃、父親が自分に戻ってきてほしいと望んでいることが伝わってきた。「このままでは実家の酒蔵に未来はない。帰らないとやばいかも」。そう感じた薄井さんは2004年に実家に戻り、想像以上に厳しい経営状態に驚く。
 逆境からのスタートで心がけたのは、酒質の向上とブランディング。質より量に傾いていた酒造りを、量より質を重視する伝統的なスタイルに戻し、お酒に込めるメッセージを明確にした。多くの酒蔵で琺瑯(ほうろう)製が主流になっていた仕込み用のタンクを木桶(きおけ)に戻し、日本酒のもととなる酒母造りでは生酛(きもと)という江戸時代に確立された重労働の酒造法を取り入れると、「原点回帰」と繰り返し発信した。「発信し続けるうちに、生酛、木桶といえば仙禽でしょ、と日本酒愛好家の意識が変わっていくことに期待をかけました。いい酒を造っても、飲んでくれる人たちに伝わらなければ意味がない」と薄井さん。

酸味と甘味で衝撃デビュー

 味の面で注目したのが酸味と甘味。当時は、新潟の酒に代表される淡麗辛口がブームで、酸味を出すのはタブーとされていた。だが、酸味があればいろんな料理と合うし、酸味とバランスをとるためには甘みも欠かせない。目指したのは、ワインのように洋食に負けない食中酒。「日本酒が和食に合うのは当たり前。家庭の食卓に普通に並ぶようになった肉料理やエスニック料理にも合う守備範囲の広さが必要だと考えたんです」
 2007年に薄井さんが生まれ変わらせた甘酸っぱい「仙禽」は、日本酒をあまり好まなかった若い層の支持を集めた。「業界では『あんなの本筋じゃない』と批判もされましたが、日本酒を飲み慣れていなかった若い女性や、ワイン好きの人たちに歓迎されました」

マスク姿で酒蔵の入り口に立つ薄井さん

古くて新しい「ナチュール」という到達点

 仙禽のオフィシャルサイトに掲げられているのは、ドメーヌというワイン用語で、自社畑のブドウを使って製造から瓶詰めまでを手掛ける製造者を指す。仙禽は、ドメーヌと同じ発想で、日本酒を仕込むのと同じ水脈で育った地元の酒米を使い、土地の個性を重んじた酒造りをすることが美しい写真とともに宣言されている。
 仙禽の主要ラインアップは、日本酒造りへの原点回帰を徹底した「ナチュール」、甘味と酸味を強調した「モダン」、和食との相性を意識した「クラシック」の3シリーズだが、「仙禽の哲学がすべて詰まっている」と薄井さんが言うのが「ナチュール」。有機栽培の古代米の「亀ノ尾」を磨かずに使い、蔵にすみ着いた酵母で発酵させた。世界中の食も酒も自然を大切にする方向に向かって動いているのに、日本酒だけが取り残されているように感じていた。技術革新を重ね、合理化を重ねてきた日本酒造りを可能な限り「昔の酒造り」に戻すことで、日本酒の未来が開けると確信したからだ。(クロスメディア部 小坂剛)

 【薄井一樹(うすい・かずき)】 1980年、栃木県生まれ。実家は文化3年(1806年)創業の老舗蔵。田崎真也さんに憧れ、東京の「日本ソムリエスクール」でワインを学んだあと、卒業後に同校で講師を務める。2004年に実家に戻り、「株式会社せんきん」で弟の杜氏(とうじ)、真人(まさと)さんとともに日本酒造りに取り組んできた。新型コロナウイルスで打撃を受けた日本酒と本格焼酎の酒蔵が集まって情報交換を活発化しようと昨年12月、新政酒造(秋田)の佐藤祐輔氏、「而今(じこん)」で知られる木屋正酒造(三重)の大西唯克氏らと一般社団法人「J.S.P(ジャパン・サケ・ショウチュウ・プラットフォーム)」を創立した。ファッションブランド「ユナイテッドアローズ」とオリジナルの日本酒やグッズの生産も手掛ける。大のイタリア好き、服はイタリア製、車はイタリアのクラシックカーを所有する。

 <筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「日本酒の枠広げた酸味と甘味~ソムリエから目指す日本一の酒蔵(下)」
←「純米酒に導かれ酒屋から酒蔵へ~晩酌は神亀熱燗(上)」

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