酒粕を使ったクラフトジンを手にする杜氏の五十嵐さん

 たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

酒蔵が次の世代に残せるものは

 天青(てんせい)という銘柄の日本酒と、湘南ビールを造る神奈川県茅ヶ崎市の熊澤酒造。湘南地域に残る唯一の酒蔵が、新型コロナウイルスの感染拡大でお酒の消費が減ったのを契機に、蒸留酒の生産と酒米作りという二つのプロジェクトに本腰を入れている。

「天青」ブランドの日本酒く

 杜氏(とうじ)の五十嵐哲朗さん(48)は「日本酒とビールの二本柱でやっていけばいいのかなと思っていましたが、もっと酒蔵の可能性を広げ、次の世代に何かを残していかなければならない、と考えました」とその理由を語る。
 熊澤酒造は明治5年(1872年)創業。戦後、アルコールを大量に添加した「三増酒」を地元向けに生産してきたが、消費者の日本酒離れもあって、やがて経営不振に陥った。1996年に現在の社長、熊澤茂吉さんが六代目蔵元となり、さわやかな湘南らしい酒造りを目指して品質重視に舵(かじ)を切った。日本酒はしばらく不調が続いたが、地ビールブームを追い風に生産を始めたクラフトビールがヒット。酒蔵の周りやJR茅ヶ崎駅前に飲食店を構え、ビール酵母を用いたベーカリーを開くなど事業を拡大した。日本酒の新銘柄「天青」も地酒専門店で扱われるようになり、順調に売り上げを伸ばした。96年には社員数人だったが、いまや70人を超えている。

酒粕でジン、ビールとウイスキーで樽を循環

ジンやウイスキー造りで使う蒸留器

 飲食店向けの出荷が多かったため、新型コロナウイルスの影響で生産は激減した。空いた時間で取り組んだのが蒸留酒と酒米の生産だ。3年前に蒸留器を購入したものの、忙しくて稼働できていなかった。蒸留酒のひとつとして、日本酒を搾った後に残る酒粕(さけかす)の有効活用も兼ねてジンを造ることに。研究を重ね、酒粕のにおいを消すために蒸留は3回繰り返した。今年2月、地域に伝説の残る天狗(てんぐ)にちなみ、クラフトジン「白天狗」として発売する。酒蔵近くの畑では、ジンの香り付けに用いるジュニパーベリー(西洋ネズの実)を育て始めた。
 昨年春からはウイスキーの蒸留も始めている。現在熟成中で出荷はまだだが、ビールを過去に詰めた樽(たる)にウイスキーを3年以上寝かせ、その後にまたビールを入れる。ウイスキーとビールを交互に詰める樽の循環を考えている。「ジンやウイスキーだけを一生懸命造る蒸留所とは違う、日本酒とクラフトビールを造ってきたウチならではの製品にしたい」と五十嵐さんは力説した。

スペックよりもストーリー

 満員電車と人混みが嫌い。居心地のいい湘南地域で醸造の仕事につきたいと考え、電話帳で見つけた熊澤酒造に就職した五十嵐さん。東京農大の醸造学科で酒造りを学んだものの、酒蔵の生まれではなく、一般のサラリーマン家庭で育った。自らを食いしん坊と評し、学生時代から日本酒好き。大企業でいろんな仕事を経験するより、じっくり物事に取り組めそうだ、と酒蔵を選んだ。

天狗伝説にちなんだラベルのクラフトジン

 海外に日本酒のプロモーションなどで出かけるようになって感じたのが、お酒が持つストーリーの大切さ。日本では、多くの客は酒米の品種やアルコール度数といったスペック(仕様)にまず注目するが、海外に行くと、ほとんどの客が酒そのものより酒蔵の歴史や地理、造り手の個性といった、酒の背景を知りたがる。ワイン文化の影響もあるのだろう。
 「自分たちがつくり上げるものにきっちりとしたストーリーがあって、それにお客さんが共感することで、満足感の向上につながる。一生懸命売り込む必要はない。共感してもらえるストーリーがあればいいんです」。五十嵐さんはしみじみ言った。
 確かに瓶のラベルを見たり、銘柄名を聞いたりしただけで飲む酒と、だれが、どんな場所で、どういう思いで造ったのかを聞いてから飲む酒とでは、味が違う。「また飲みたい」と思うのは、その酒の背景にある物語が、味とともに記憶に刻まれた酒。単なるモノとしての存在を超え、自分の身体(からだ)の一部になったとすら感じる。

いつか水田に囲まれた酒蔵に

社員による酒米の田植え(熊澤酒造提供)

 熊澤酒造がある茅ヶ崎市北側の香川地区は土壌が肥沃で、昭和30年代まではのどかな水田地帯だった。働き者の五郎兵衛が命を助けた河童(かっぱ)から、いくらでも酒があふれ出す徳利(とっくり)をもらったという河童徳利の昔話が伝わる。昔は酒造りに地元で取れた米を使うのが当たり前だったが、農家が減り、県外産の酒米を買い付けるようになる。宅地開発が進み、酒蔵の周りにあった水田のほとんどは住宅へと姿を変えた。
 だが、酒蔵が地域に根を下ろして存続するには、地元で取れた酒米を使うのが理想であり、水田に囲まれた酒蔵こそがあるべき景色だ。そんな思いから、五十嵐さんたちは昨年、会社の近くで水田1反(約10アール)を借りて酒米作りを始めた。社員が長靴を履いて冷たい水につかり、酒米の品種「五百万石」の苗を田に植えた。秋には収穫した酒米で日本酒を仕込んだ。耕作放棄地を借りるなどして、徐々に酒米を育てる水田を広げていこうとしている。
 湘南地域の農家と契約して酒米を作ってもらってもいる。今年、協力してくれている農家は茅ヶ崎や平塚、藤沢などで12軒。使用する酒米のうち、湘南産は自社栽培分と合わせて15%ほどだ。これを10年ほどかけて、すべて湘南産に切り替えるのが目標。湘南産の酒米を増やす取り組みが、新たなストーリーとなりつつある。(クロスメディア部 小坂剛)

五十嵐哲朗(いがらし・てつろう)】 1973年神奈川県鎌倉市生まれ。東京農大農学部醸造学科卒業。熊澤酒造に1996年入社、2000年に杜氏となる。20年から自社で酒米を作るプロジェクトを主導。趣味は大工仕事と車いじり、発酵食品造り。バーベキューが楽しめるウッドデッキも自宅に造った。好きな食べ物は卵と大豆製品。行く先々で卵を購入し、家の冷蔵庫が卵だらけになることも。

 <筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「湘南の酒米と酒粕ジン~コロナ禍で始まる酒蔵の物語(下)」
←「日本酒の枠広げた酸味と甘味~ソムリエから目指す日本一の酒蔵(上)」

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