たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

マイルス、ビートルズ、ユーミン、達郎

 新型コロナウイルスの感染拡大でお酒の提供ができない時期、音楽喫茶として営業を続ける東京・神楽坂のバー「家鴨(あひる)社」。店主の岡村修平さん(43)に、店の約3000枚のレコードから特別な4枚を選んでください、とお願いした。
 1枚目は、岡村さんがジャズにのめり込むきっかけとなったマイルス・デイビスの「マイルス・イン・ベルリン」。「マイルスの作品はみなそうですが、彼が醸し出す緊張感が心地よく、『とにかくかっこいい』と初めて思えたライブアルバムです」
 2枚目は1969年にイギリスで発売されたビートルズの「アビイ・ロード」のオリジナル盤。初めて世に出た音源はどんな音だったのかと買い求めて聴いてみた。すでに持っていた日本盤やアメリカ盤と音のバランスの違いに気付き、新鮮な感動があった。
 それからライブのチケットが取れずに購入した山下達郎のライブアルバム「ジョイ」、そして、お客さんの反応が抜群にいいという荒井由実(松任谷由実)の最初のアルバム「ひこうき雲」。ジャケットにかかる「魔女か!スーパー・レディか!新感覚派・荒井由実登場」の帯が、スーパースター誕生の衝撃を伝えている。

約3000枚のレコード

レコードをかける仕草に憧れ

 CDに比べると、かさばるし、傷つきやすくて保管も大変。なのに、なぜレコードなのでしょうか――。岡村さんに素朴な疑問をぶつけた。20代の岡村さんが恵比寿のオーセンティックバーで働いていた頃、近くに「BAR TRACK」という店ができて、仕事終わりに通うようになった。DJが1曲ごとにレコードを取り出して選曲し、本格的なオーディオ装置で聴かせてくれる店。ロックやジャズ、リズム・アンド・ブルースから歌謡曲まで、ジャンルを横断しながら曲から曲へとつなぐ選曲が素晴らしかった。

レコードに針を落とす岡村さん

 「レコードを棚から取り出し、ジャケットから出してターンテーブルに置き、針をそっと盤上に。そうした仕草のすべてが格好良かった。『ああ、レコードっていいな』と思ったんです」と岡村さんは振り返る。もともと音楽が好きで、好きな曲はCDで持っていた。高知で過ごした中学、高校時代、レコードは目にする機会もなかった。岡村さんは思いきって、CDをすべて売り払い、レコードを集めることにする。レコードで聴くのは、手間もスペースも余計に必要だけど、音楽好きの証しだと考えている。「本当に好きでないと、レコードを触らなくなるじゃないですか。オープン当初はレコードを置いていても、何年か後に行ってみるとCDに変わっている店は結構多いんです」

一枚一枚違う音

 岡村さんは「BAR TRACK」のオーナーと親しくなり、新宿三丁目にある系列のリスニングバー「NICA(ニカ)」の店長となる。自分で集めた約1000枚のレコードを持ち込み、5席ほどの小さな店でひとり、音楽をかけ、お酒を提供した。「レコードをかけながらの営業は時間との闘い。注文されたカクテルをつくり始めると、かかっているレコードが終わってしまうので、お客さんに少し待ってもらうとか、タイミングをはかるようになりました」

白衣にマスク姿

 楽しかったのは、その店のオーディオに合ったレコードを探すこと。レコードで音楽を聴くのが当たり前だった時代、オーディオは国によって特徴があった。それに合わせてレコードも高音や低音が調整され、プレスする機械も違った。「例えばジャズはオリジナル盤を買うと明らかに音が違った。1950~60年代に発売されたオリジナル盤はよく鳴るけど、日本で80年代に出た盤はうまく鳴らないなあとか、一枚一枚買い直して気付きがありました。一枚のレコードに封じ込められた音は少しずつ違うんです」
 ユーミンや山下達郎といった日本のポップスがきれいな音で鳴るのに気付いたのもそのとき。最初にジャズを集めていたが、その後、徐々に90年代以降のJ-POPを含む日本のポップスも買い集めた。現在、家鴨社に置いてある約3000枚のうち、ジャズと日本のポップスがそれぞれ4割ほどで、残りがロックやクラシックなど。「人にどう思われるかではなく、自分の好きな曲を選んでいます」
 曲は、客層を見て決めることもあるし、アーティストの誕生日や命日にちなんでかけることもある。キャロル・キングからユーミン、ジョニ・ミッチェルから吉田美奈子、細野晴臣からジェイムス・テイラーというように、同じタイプや親交のあるアーティストでつなぐのも楽しい。「分かる人には分かるストーリーと、気持ちよく聴いてもらう流れをつくろうと考えています」

音楽にもお酒にも

風格のあるオールドボトル

 緊急事態宣言下では提供できないが、店では年代物のオールドボトルも集めている。エリザベス女王の前の英国王、ジョージ6世時代に発売されたウイスキーをはじめとする年代もの、お気に入りの造り手のアルマニャック(フランス・アルマニャック地方で造られるブランデー)は単一年のブドウで造られたシングルビンテージのボトルを多数保有する。20代で働いていたオーセンティックバーでの経験がものをいっている。一般的に音楽とお酒を提供する店は、どちらかに偏りがちだが、音楽にもお酒にも徹底してこだわる。
 「簡単に手に入るモノだけを置いているのでは店の意味がない。お店に行かないと聴けない、味わえないものを、僕らはそろえておかないといけない。レコードもオールドボトルもそのひとつ」と岡村さん。確かに自宅にレコードや高級オーディオ、オールドボトルをそろえるのは大変だが、リスニングバーなら別荘のような感覚で訪れ、宝物のような音楽とお酒、至福の時間を味わえる。(クロスメディア部 小坂剛)

岡村修平】1978年東京生まれ。小学生まで東京で過ごした後、両親の実家がある高知県に。中学・高校時代を高知で過ごし、深夜ラジオ・オールナイトニッポンで大槻ケンヂのファンになり、筋肉少女帯にのめり込む。大学入学とともに上京し、ライブハウスに通うように。大学在学中に恵比寿のオーセンティックバー「ODIN(オーディン)」で働き始め、その後、新宿三丁目のリスニングバー「NICA(ニカ)」で店長を務め、2014年11月に「家鴨社」を開く。茶道「遠州流」の上席師範。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

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