たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

80日ぶりの営業

エレベーターを降りると、そこは店の入り口

 東京都で新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言が解除された翌日、10月1日午後5時、土砂降りの東京・銀座5丁目で「バー ハイ・ファイブ」は約80日ぶりに営業を再開した。店は地下1階。開店と同時にエレベーターから京都市の男性会社員(42)が降り、店に入ってきた。「いらっしゃいませ!」。日本バーテンダー協会専務理事で、オーナーバーテンダーの上野秀嗣さん(53)と3人の従業員が出迎えた。

約80日ぶりに営業再開し、最初に訪れた客

 男性は、海外旅行が趣味で、帰国したときは必ず東京のバーで飲んで、気持ちを切り替えてから、地元・京都に戻る。だが、海外に行けなくなってからは、時折、東京に宿を取り、新幹線で飲みに来ている。
 上野さんが独立前、銀座1丁目の「スタア・バー・ギンザ」に勤めていた頃からの常連客。「店の魅力は何と言っても味。これだけのカクテルを飲めるバーは京都にはあまりないですから」と言い、ジンベースのカクテル、ブルームーンを注文した。

借りられるだけ借りた

 大学時代に留学経験があり、滑らかな英語を操る上野さんは、日本バーテンダー協会で海外の仕事を担当し、国際大会に日本の選手を引率するなどし、海外の人脈を培ってきた。外国からの取材や問い合わせに対応するうちに国際的な知名度が上がり、「世界のベストバー50」に選ばれ、「意図してそうしたワケではないが、自然と客の95%は外国人」(上野さん)だった。だが昨年2月、新型コロナウイルスが流行し、外国からの渡航制限が始まると、客足は一気に途絶えた。お酒を出す店への休業や営業時間短縮の要請が繰り返され、営業そのものが難しくなった。もともと常連客が多かったため、お酒を出さずノンアルコールカクテルやソフトドリンクだけで店を開けたとしても、「お酒を出してほしいと常連さんからこっそり頼まれたら、断る自信がない」(上野さん)と要請に従ってきた。
 2008年に独立してから、開店2か月後のリーマン・ショック、11年の東日本大震災と、客が激減するピンチはこれまでもあったが、今回のコロナは先行きが見通せない。今年7月に出された緊急事態宣言も延長に延長を重ね、結果的に2か月半を超えた。最初から期間が決まっていればまだしも、延長が繰り返されたため、「一体いつまで休めばいいのか」と不安が募った。行政からの協力金や、休業中の従業員への支払いにあてる雇用調整助成金だけでは足りず、緊急の貸付金も含め、金融機関から借りられるだけ借りた。コロナ前、上野さんは「もうすぐ借金が完済できそうだ」と、店の棚に置かれた自分と同じリーゼントのヘアスタイルをしたダルマに目を入れるのを楽しみにしていたのだが……。

上野さんと同じヘアスタイルのダルマ

これまで通りやるだけ

 営業が再開された1日、筆者も上野さんにカクテルを作ってもらった。「ウイスキーを使ったカクテルを何かお願いします」と言うと、上野さんは「酸味は?」「バーボン、それともスコッチ?」「カクテルグラス、それともロックグラス?」と何度か質問を繰り返し、「酸味のないバーボンベースの、ロックグラスで出す一番有名なのはオールドファッションドです」と、外国人客の多くが頼むカクテルをすすめた。

感染防止対策でカウンターは席をあけて座る

 「これだけ休んでいるとカクテルの作り方を忘れちゃうんじゃないですか、なんて聞く人がいるけれど、自転車に何年か乗らなかったら乗れなくなりますか。何年乗らなくたって、乗れるじゃないですか。それと同じですよ」。そう言うと、上野さんは、茶色い小さな角砂糖に、苦みをつけるビターズを加え、ペストルという棒のようなもので潰し、氷とウイスキーを入れ、フルーツを添え、流れるような手さばきでカクテルを作った。
 見た目も香りも美しく、一口飲むと、甘くとても飲みやすい。3か月ぶりにバーで飲むカクテルにほっと一息。緊急事態宣言が出たあと、家でレシピを見ながらカクテルを作ったこともあったが、やはり別物だ。「幸せな気分。おいしいですね~」と言うと、「ほんとですか? よかったです」と、一見こわもての上野さんが相好を崩した。
 バーが休業している間は、お酒好きの多くが家飲みをした。そうした人たちが、営業再開後に店に戻ってきてくれるか、不安はないのか。お客さんを呼び戻す秘策はあるのだろうか――。上野さんは「これまで通りです。僕らが考えるのは、常に提供する飲み物の精度を高めるということだけ。奇抜なことをするわけじゃない」と言った。バーテンダーの仕事は突き詰めること。休業の間、おいしいカクテルとはどうあるべきなのか、質のいい接客とはどういうものなのか、じっくり考え、店の片付けをし、グラスを磨きながら、この日を待っていた。
 でも、コロナになって上野さんは、バーという存在の不安定さを痛感したという。それは一体どういうことなのだろうか。(クロスメディア部 小坂剛)

上野秀嗣(うえの・ひでつぐ)】1968年、札幌市生まれ。高校時代は野球部、亜細亜大学時代はアメリカンフットボール部に所属し、アメリカに半年間留学した。大学卒業後、日本バーテンダースクールで学んだ後、銀座で働き始める。「IBA国際カクテルコンクール」で優勝した岸久氏と、「スタア・バー・ギンザ」の2000年開業時から勤務。08年に独立して、「バー ハイ・ファイブ」を構えた。一般社団法人・日本バーテンダー協会専務理事。

筆者紹介
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「バーと一口に言うけれど、コロナで見えたオーセンティックバーの居場所とは?(下)」
←前編「年商10億、驚異の酒販店・小山商店のよろずや精神と正直商売DNA(上)」

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