たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

バーは遊興施設か飲食店か

 日本バーテンダー協会専務理事で、東京・銀座の「バー ハイ・ファイブ」オーナーバーテンダーの上野秀嗣さん(53)は、新型コロナウイルスで休業や営業時間の短縮を迫られた昨年から今年にかけて、バーとはいかなる存在なのかを考えさせられた。

シェーカーからグラスにカクテルを注ぐ

 コロナ禍では、繁華街の飲食店が「夜の街」と一緒くたに語られたようにまた、バーもひとつにくくられた。バーと一口で言っても営業形態はいろいろだ。ビリヤードやダーツ、卓球を楽しむバーもあれば、女性がカウンター越しに応対するガールズバー、本格的な食事を提供するレストランバーもある。女性が接待してくれるキャバレーやナイトクラブとバーとの線引きも店や人によって、特に酒を飲まない人にとってはあいまいだ。上野さんが営む「ハイ・ファイブ」はオーセンティックバーと位置づけられる。カクテルの調合技術やお酒の知識を持ったプロのバーテンダーがいて、サービスの中心には質の高いお酒の提供と、いわゆる異性からの接待とは一線を画する接客がある。
 昨年5月、東京都は新型コロナウイルス対策での休業要請を緩和するにあたって、オーセンティックバーを含む接待を伴わないバーを、カラオケやスナック、ネットカフェ、ストリップ劇場と同じ遊興施設等に分類し、レストランや居酒屋などの飲食店で短時間営業が認められた間も休業要請の対象とした。これに対して、「スタア・バー」のオーナーバーテンダーで、上野さんとも親しい岸久さんが理事長を務めるカクテル文化振興会は日本オーセンティックバー連盟を発足させ、一石を投じた。同振興会として、オーセンティックバーが講じるべき感染防止対策として、利用客は店舗定員の半分を目安とすることなどをガイドラインにまとめ、チェックシートを作成した。

入り口では英語でルールを示している

 「オーセンティックバーは静かにお酒をたしなむ場所であり、大きな声を出す客にはコロナ以前から当たり前のように注意してきた。バーテンダーはアライグマのように手洗いを励行するよう綿々と教えられてきた。居酒屋などに比べても、決して感染のリスクは高くないはず」と上野さんは言う。

食事も酒も人生に豊かさや彩

 大正時代、銀座でカフェーと呼ばれ、女性が接待した店が、バーの源流のひとつ。昭和初期には日本で最初のバーテンダーの組織である日本バーテンダー協会が発足し、技術の向上や連携などを目的に活動を続けてきたが、時代とともにバーの営業形態も変化を遂げ、多様化している。このため、新型コロナ対策でも、バーというくくりで実態を反映した対応は難しく、オーセンティックバーについては独自の位置づけが必要というのが岸さんや上野さんの考えだ。
 今年4月にカクテル文化振興会は、新型コロナ対策を担う内閣官房に対して要望書を提出し、オーセンティックバーを遊興施設ではなく飲食店であると位置づけ、対策の際に参考とされている総務省の産業分類で「バー、キャバレー、ナイトクラブ」の中に含まれているオーセンティックバーを、「酒場、ビヤホール」に移行するように、日本バーテンダー協会、日本ホテルバーメンズ協会と連名で求めた。
 要望書ではこうも指摘している。「多種多様な飲食店は……人として生きる上での豊かさや彩を与えてくれるものとして不可欠な存在……酒を嗜(たしな)むという行為もそれと同じ……混沌(こんとん)とした時代であるがゆえに、人は生活の中にストレスや不安の排除、豊かさや彩を求めている」。質の高いドリンクの提供を通じて人生を豊かにすることを目指すオーセンティックバーも、外食産業の中に位置づけられるべきという主張だ。

理想はカメレオン

 上野さんはお酒が飲めない。なのに、なぜバーテンダーになったのか。本当は喫茶店をやりたかったのだという。だが、「開業には膨大な金がかかるしもうからない、実家が喫茶店でなければやめたほうがいいと、高校卒業後のバブル全盛期に面接に行った、ある喫茶店で言われたのです」と上野さん。それなら喫茶店でお酒を出したらどうかと考え、大学卒業後に日本バーテンダースクールに通った。そこで銀座のバーを紹介され、働き始めたのが終わりなきバーテンダー人生の始まりだ。

「世界のベストバー50」の賞状

 尊敬していた先輩バーテンダーでカクテルの世界チャンピオンにもなった岸氏に誘われ、2000年、「スタア・バー・ギンザ」の開店から参加し、バーテンダーとしての技術や接客を学んだ後、08年に独立した。当初は日本人客が多かったが、大学時代の留学で身につけた流暢(りゅうちょう)な英語で対応するうちにネットで評判が広がったためか、英語で東京のバーを検索すると上位に表示されるようになり、外国人旅行者が増えた。「自分が日本のバーテンダーとして学んできたカクテルの技術を通して、彼らに日本のバー、そこで提供されるカクテルと接客のすばらしさを伝えたい」というのが上野さんの基本的なスタンスだ。

約20年前、「スタア・バー・ギンザ」開店直後の岸さん(右)と上野さん

 上野さんにとって、理想のバーテンダーとは?
 「確固たる信念がないほうがいいという信念を持っています。来たお客さん、お客さんに合わせて、色が変えられる『カメレオン』みたいなバーテンダー」。臨機応変にお客さんと接すること、奇をてらうことなく、質の高いドリンクとサービスをひたすらに提供していくこと。コロナの前も後も、決してぶれることのない上野さんの中心軸だ。(クロスメディア部 小坂剛)

上野秀嗣(うえの・ひでつぐ)】1968年、札幌市生まれ。高校時代は野球部、亜細亜大学時代はアメリカンフットボール部に所属し、アメリカに半年間留学した。大学卒業後、日本バーテンダースクールで学んだ後、銀座で働き始める。「IBA国際カクテルコンクール」で優勝した岸久氏と、「スタア・バー・ギンザ」の2000年開業時から勤務。08年に独立して、「バー ハイ・ファイブ」を構えた。一般社団法人・日本バーテンダー協会専務理事。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

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