お酒を愛する人々の物語をお届けします。

米西海岸出身の建築家

 生産開始から3年足らず。駿河湾に面した静岡市のもちむね漁港にある「ウエストコーストブルーイング(WCB)」で造るビールはコロナ禍でも売り上げを伸ばし、全国の飲食店、小売店に出荷されている。
 天気のいい昼下がり、醸造所に併設されたタップルームのテラス席で、ホップを大量に使い、炭酸を利かせた「スターウォッチャー」をいただく。富士山を望む。陽光と海風が心地いい。ゴールデンイエローの色調、かんきつ系の香りと味、ほどよいホップの苦み。缶のラベルでは、ホップを逆さにしたWCBのキャラクター「ホップデュード」の親子が背を向け、星空を眺めている。
 ブルワリー(醸造所)を率いるバストン・デレックさん(42)はアメリカ・シアトル出身の建築家だ。

アメリカ・シアトル出身の建築家、デレックさん

「とりあえずビール」に感じた物足りなさ

 ホームステイや交換留学で日本をたびたび訪れ、日本語が得意だったデレックさんはワシントン大学卒業後、日本企業のシアトル支社に就職する。そこで日本人女性と出会って結婚し、女性の古里・静岡に移り住む。設計や施工、デザインの仕事を始めるが、物足りないと感じたのがビールだった。
 シアトルのあるアメリカ西海岸は、小規模なビール醸造所がひしめく。新しいタイプのビールが次々と生まれていた。日本では、どこに行っても個性に乏しい大手メーカーのものを「とりあえずビール」と飲んでいる。クラフトビールはあったが、学生時代に飲んだのとは別モノだった。西海岸の技術や製法は日本に入ってきていなかった。輸入品を飲んでも、製造から時間がたっているせいか、「この味だっけ?」と感じた。
 日本の暮らしにお酒は欠かせない。「アメリカでは酒がなくても最初から思っていることを言うけど、日本人は遠回しに言う。ぶっちゃけ話をするのに酒は必需品。衣食住『酒』の国といってもいい」とデレックさん。酒が社会に根ざした日本なら、自分好みのビールを探したり、ビールをきっかけに人々が集ったりして、もっとビールで楽しめるはずだ。
 「西海岸のビールを静岡で造りたい」と思い始めたのは、静岡市の「ガイアフロー静岡じょうりゅう所」の建設にかかわってから。ウイスキーの蒸留所を設計するのに必要な酒類製造や免許制度の知識を学ぶうち、ビールの醸造所だってできそうな気がした。

毎週新作を発売

 まずは静岡駅近くに「12-twelve」というビアバーを開いた。12は、アメリカンフットボールやサッカーのチームで12番目の選手、すなわちファンを意味する数字だ。この店で、自分で造りたい西海岸スタイルのビールを提供し、顧客に受け入れられるという確信を得たデレックさんは、次のステップへと進む。経験豊富なブルワー(醸造家)を探し、ブルワリーの開設に向けて準備を始めた。
 用宗港になったのは偶然だった。廃虚だった港沿いの加工場をリノベーションし、温泉施設にする設計の仕事がデレックさんのもとに舞い込んだ。オーナーが建物の一部を貸して資金を調達したいと考えていた。醸造に適した井戸水も近くにあったので、温泉施設の隣の空きスペースにつくることになったのだ。
 2019年にアメリカ西海岸のブルワリーで働いていた経験豊富なブルワーらによって醸造がスタートする。麦芽やホップといった原材料はイギリスやニュージーランドをはじめ世界中から輸入したものを使用している。驚くのは毎週2~3の新作を出し続けていること。季節に合わせ、ファンの声を聞き、ホップや副原料の種類、調合を変える。熟成が必要なウイスキーは造るのに3年、5年かかるけど、ビールは1か月あればできる。そして、できたてが一番おいしい。「年がら年中、新しいモノを出せるのに、それをやらないのはもったいない」。<なぜ頻繁に新作を>という質問に、デレックさんはそう答えた。

ビール造りはファンづくり

 WCBの製品は500ミリ・リットル缶で1000円前後と、大手のビールの3倍以上するが、好きになった人は飲み続けてくれる。だから、ビール造りはファンづくりのビジネスだと、デレックさんは言い切る。
 缶のラベルに登場するホップデュードをはじめとするキャラクターはイギリス在住のイラストレーターに描いてもらっている。砂浜でハンモックに揺られ昼寝したり、海に昇る朝日を眺めたり、悪役のキャラクターも。飲み手がキャラクターに自分を重ね、WCBのブランドを自分のアイデンティティーの一部にしてほしいという計算がある。建築や設計の仕事で培ってきた、消費者の心をつかむ見せ方の技術だ。

キャラクターが描かれたWCBの缶ビール

WCBのキャラクター・ホップデュードたち

 広報・ブランディングを専門に担当するチームはSNSやウェブサイトで新作の情報を発信している。新型コロナウイルスの流行で外出が難しくなった2年前からは、デレックさん自身、毎週水曜夜にユーチューブの生配信に出演し、ファンと交流を続けてきた。
 「あなたにとってビール造りとは?」と聞いてみた。デレックさんは「うーん」「そうですね」と言葉をつなぎ、しばらく考えると、こう答えた。「海外からモノや考え方を持ってきても、言語や文化が違うので、伝えきれないことが多い。でも、ビールだったらアメリカ西海岸の文化を体感してもらえる。ビール造りは、これまで自分が身につけてきたスキルを発揮できる『結晶』のひとつかなとも思います」(クロスメディア部 小坂 剛)

WCBのスタッフ

バストン・デレック
1980年、アメリカ・ワシントン州シアトル生まれ。ワシントン大学で音楽や日本語を学び、静岡県に本社のある食材商社のシアトル支社に就職。日本人女性と出会い、女性の実家がある静岡に移住。設計事務所で10年間働いたのちに、建築設計事務所「ウエストコーストデザイン」を設立する。2019年に静岡市駿河区用宗に「ウエストコーストブルーイング」を設立し、ビールの醸造を始める。22年7月には醸造所の向かいにホテルを開業予定。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「ビアパブ・クロールできる街、クラフトビール王国・静岡が秘める可能性」

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