お酒を愛する人々の物語をお届けします。

ヘイジーという驚き

 「最近は、最初にヘイジーIPAにはまる人が多いんです」。JR静岡駅近くのビアバーで、隣に座る小楠瞬太さん(32)が言った。ビアギークと呼ばれるクラフトビール愛好家で、静岡のクラフトビアマップづくりも手掛ける瞬太さんに、静岡のビール事情を教えてほしいとお願いしていた。
 「ヘイジー」は「濁りのある」という意味。大量のホップを使ったIPA(インディア・ペール・エール)というスタイルの中でもジューシーな味わいを特徴とするヘイジーIPAが、この店の一番人気だ。早速頼むと、グラスに煙幕を張ったように白く濁った液体から、グレープフルーツのような香りが沸き立った。
 「ヘイジーは強烈だから、最初に衝撃を受ける。その後、ピルスナーやサワーエールといった違うスタイルに流れる人もいます」。瞬太さん自身、日本でおなじみのピルスナーを飲んでいる。ビールのスタイルは100種類以上とも言われ、自分好みを探すのは楽しい。

ビアギークの瞬太さん

ビアパブ・クロールできる街

 静岡はビール好きの楽園だ。静岡駅周辺を中心にクラフトビールを楽しめる店が市内に17もある。行きつけの店を拠点に徒歩で回れる。「なに飲んでるんですか」のひとことから客同士の会話が弾む。
 街のあちこちにパブがあるイギリスでは、一晩にパブを何軒もまわることを「パブ・クロール(pub crawl)」という。同じように、静岡駅周辺ではビアパブをまわれる。瞬太さんとこの日、4軒の店を歩いてまわったが、1軒目で居合わせた男性客と、4軒目で再会した。

ビアパブでは客同士がすぐに打ち解ける

 瓶や缶だけでなく、グラウラーと呼ばれる炭酸飲料を持ち運べる容器に、店のたる からビールを注いでもらえるクラフトビール専門店「ビア アウル」も人気だ。
 そんな「ビール文化」を県外の人にも知ってほしいと、瞬太さんはビール仲間と2017年に静岡市内のビアバーや醸造所を紹介するクラフトビアマップをつくった。「お客さんを取り合えば、店は減ってしまう。でも、店がお客さんを紹介しあえば、地域全体が盛り上がっていきますから」と瞬太さん。その翌年にはエリアを県全域に広げ、A6判32ページの小冊子を完成させる。
 瞬太さんがくれた、その小冊子の冒頭には、「ようこそ!ビール王国静岡へ!」とあった。

瞬太さんたちがつくったビアマップ

ビール王国の復活劇

 「へー、静岡ってビール王国なんですね」。そう口にすると、瞬太さんは「勝手に『ビール王国』なんて書いていますけど、だれが定義したわけでもないんです。言ったモノ勝ちみたいなものですから」。だが、静岡県のビール醸造所は、昨年12月現在で22か所。クラフトビア・アソシエーション(日本地ビール協会)によると、都道府県では東京都(73)、神奈川県(38)、北海道(28)についで4番目に多いそう。 ビアパブが多いのも、独立系のビアパブに加え、醸造所の系列店があるからだ。
 ビアパブのひとつ「グローストック」は当初、2014年に静岡市内に初めてできたクラフトビール醸造所「アオイブリューイング」の系列店だった。店長の福島英紀さん(39)は、もともと醸造所で働いていたが、そこから独立する形で同店を引き継いだ。だが、新型コロナウイルスの影響もあって醸造所は経営が悪化し、昨年2月に自己破産した。
 醸造所の設備は競売に掛けられることになり、福島さんのもとに、「知らない人がやるより、昔働いていた福島君が引き取って復活させてくれたらうれしい」という声が寄せられる。福島さんは親からも借金して設備を引き取り、今年2月にアオイビールの生産を再開した。復活を祝して開かれたパーティーには、県内のビアギーク、醸造所やビアパブの経営者、従業員が集まり、「やっぱりこの味がなくちゃね」と喜んだ。
 「地元でもクラフトビールを知らない人は多いから、時間をかけて、みんなが当たり前のように飲む文化にしていきたい」と福島さん。静岡に住む人も、静岡に来る人も、静岡のビールを楽しむというのが理想。今は経営を成り立たせるためアオイビールを県外にも出荷しているが、いずれは地元だけで消費されるご当地ビール、観光資源にしていきたいと考えている。
 伊豆や熱海、浜松といった県内の他の地域に比べれば、観光資源が少ないともいわれる静岡市だが、クラフトビールを楽しむ環境が整いつつある。ビールの街として発展する可能性を秘めている。

アオイビールを復活させた福島さん

ビール飲み放題のホテル

 「『静岡ってええな』と思っていただくのが一番」。そう話すのは静岡市・用宗もちむね 漁港のクラフトビール醸造所「ウエストコーストブルーイング(WCB)」社長、バストン・デレックさん(42)。アメリカ・シアトル出身の建築家だが、ビール造りと建築の先には「街づくり」という同じゴールがある。
 醸造所ができてから、全国のクラフトビールファンが週末、訪ねてくるようになった。新鮮なビールほどおいしいと知っているから、できたてから買っていく。
 デレックさんは今年7月、醸造所の隣に小さなホテルを開く予定だ。1階にビアパブ、各部屋の冷蔵庫にも醸造所でつくった缶ビール。部屋の蛇口をひねれば、クラフトビールが出てくる。「のどかな自然と穏やかな気候、そして地域をよくしたいと前向きに生きる地元の人たち。そんな静岡の良さにふれてもらうきっかけの一つにビールがなればいい」。デレックさんはそう考えている。(クロスメディア部 小坂 剛)

※静岡クラフトビアマップはこちらから

小楠瞬太(おぐす・しゅんた)】1989年、静岡県生まれ。静岡クラフトビアマップのイングリッシュエディター。大学時代にイギリス、カナダに留学して現地のビール文化にふれたのをきっかけにクラフトビール好きになる。貿易関係の会社に勤め、静岡市内のビアバーで週に5回程度はクラフトビールを楽しむ。ビール仲間の伏見陽介さん、小島直哉さんらとビアマップを作成し、静岡のビール文化を盛り上げている。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「川内村のワインが「天の酒」になる日、蛙の詩人が愛した阿武隈の地で」
←「衣食住酒の国でもっとビールを楽しく、ウエストコーストブルーイングから吹く風」

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