お酒を愛する人々の物語をお届けします。

過剰さのない心地よさ

 消費すらされず廃棄されるものがあふれる飽食の時代、過剰さのない場所にこそ人間らしい暮らしがある。筆者は、「(かえる)の詩人」として知られた草野心平さん(1903~88)が愛した福島県川内村を訪れたとき、そう思わされた。小松屋旅館という村の宿に泊まり、イワナや山菜を味わい、囲炉裏で友人と酒を酌み交わした。大切なものはすべてここにあると、心が満たされていった。
 阿武隈高地の中央に位置する盆地の村は人口2千人ほど。JR郡山駅から車で東に1時間余り。村内の信号機は二つ、スーパーや商店街はない。静寂と暗闇、自然があふれている。空と太陽、星、雲、風が間近に感じられる。不便さと裏腹の豊かさがある。

モリアオガエルが引き寄せた縁

 今から約70年前、東京にいた心平さんを250キロ離れた川内村へと呼び寄せたのは平伏(へぶす)沼に生息するモリアオガエルだった。寺の和尚が、蛙好きの心平さんに見に来てほしいと手紙を送り続けた。熱心な誘いにこたえて村を訪れたお酒好きの心平さんを、和尚は自分で造った「どぶろく」で歓迎した。「モリアオ蛙を平伏に訪ねようとしてわれ三日酔いす」。村に詩人の書き置きが残る。
 村が気に入った心平さんは、毎年のように訪れ、長いときは数か月滞在し詩作した。中学校の校歌を作詞し、村を雑誌や新聞で紹介。心平さんに導かれるように、東京から文化人や取材者がやってきた。村は心平さんに名誉村民の称号と木炭百俵を贈る。そのお返しにと心平さんが村に蔵書を寄贈すると、村人は山を切り開いて、心平さんの別荘と図書館を兼ねた天山文庫をたてた。

天山文庫の居室には、棟方志功の書(左)や川端康成の書(正面)もかかる

酒樽(だる)で作った天山文庫の書庫

酒がなくなりゃ天の酒飲むべ

 天山の命名は、中国・天山山脈の南北に位置するシルクロードを通じて東洋と西洋の交流が進んだように、みちのくと中央の文化交流の拠点になってほしいという思いから。井上靖や金子光晴、川端康成、武者小路実篤らが発起人として、文庫に収める本の寄贈を各方面に呼びかけた。
 完成を祝って始まった天山祭りは今も続く夏の恒例行事だ。心平さんのつくった「天山甚句」に合わせて、参加者は池の周りを輪になって踊った。
 「東京のお客さん どんときて おくれ 岩魚山菜酔っておくれ
 北斗七星ひしゃくのかたち 酒がなくなりゃ 天の酒飲むべ」
 最初に心平さんが訪れた頃、村で酒といえば、家でこっそり造るどぶろくだった。法律上は免許がないと造れないため、別の呼び方を考えてほしいと依頼された心平さんは「白夜」と命名。白夜の隠語で通じるように。その後、清酒やビールが入ってきたが、天山甚句の「天の酒」とは、阿武隈の米から村人が醸した「白夜」にちがいない。

全村避難で気づいた故郷の価値

 川内村は山林に恵まれ、(まき)や炭、炭鉱へと納める坑木の生産が盛んで、戦前には木炭の生産量が日本一だったこともある。当時の人口は約5千人。だが、戦後になって燃料の主軸が木炭、石炭から石油になると、人口は減っていった。

川内村村長の遠藤雄幸さん

 2011年、村の静かな暮らしは東日本大震災と原発事故で断ち切られた。郡山市に全村避難し、だれもいなくなった。04年から村長を務める遠藤雄幸さん(67)は、古里を追われ、失われたものの大切さをかみしめた。先祖代々、受け継いできた土地や山林、田畑に放射性物質が降り注ぎ、息子や孫に『これを受け継いでね』と言えない状況が生まれる。当たり前のようにあった、身近な自然、山の恵み、季節の移り変わりを感じられる土地柄や田園風景。それこそが、村人の生きがいと誇りだった。

生きがいと誇りを取り戻す

 遠藤さんは12年1月に決断し、「戻れる人から戻る 心配な人はもう少し様子を見てから戻る」という帰村宣言をだす。それぞれの事情に配慮しながら、古里に帰還する希望を持ち続けようと村民に呼びかけた。
 3月に役場機能を村に戻し、村民の帰還が始まる。村に戻ったとき、田畑や道路の脇を雑草が覆い尽くしていた光景が、遠藤さんの記憶に焼き付いている。放射性物質の除染とともに荒れた田畑や山林の復旧、福祉や医療をはじめ住環境の整備を進めた。それから10年、村は生きがいと誇りを取り戻そうと奮闘している。震災当時の人口は3038人だったが、今年5月時点で2381人。このうち、若い世代を中心に400人あまりがまだ村外で暮らしている。

初出荷された「かわうちワイン」

 人口減少を食い止めるには働く場を創り出さなければいけない。村が企業誘致とともに、後押ししているのがワインづくりだ。16年に村でブドウの栽培が始まり、村で醸造した「かわうちワイン」が今年3月に初めて出荷された。かつて心平さんと村人の交流は村の宝に結実した。同じように、ワインが村民に生きがいや誇りをもたらすようになれば、「天の酒」と歌われる日がくるのかもしれない。(クロスメディア部 小坂 剛)

遠藤雄幸(えんどう・ゆうこう)】1955年、福島県川内村生まれ。福島大教育学部卒業後、金物・建設資材を扱う実家の商店を継ぐ。村議を経て2004年から川内村村長。小学校の新聞部員として、天山文庫が完成したとき草野心平さんにインタビューしたら、酒臭かった。村長として目指しているのは、将来ノーベル賞をとる子を村で育てること。民間の学習塾が進出しない村で、村営の学習塾を実現させた。21年に村の小学校と中学校が統合し、9年制の川内小中学園が誕生。これを知って村に帰ってきた家族もいる。同じ敷地には保育園もあり、乳児から15歳まで同じ場所で教育が受けられる。村外から移住してきた、ひとり親世帯への経済支援など、移住政策にも力を入れ、震災後に村外から約400人が移住してきた。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「『謝罪だけで信頼は築けない』福島県川内村で復興ワインに賭ける東電の元原発技術者」

←「衣食住酒の国でもっとビールを楽しく、ウエストコーストブルーイングから吹く風」

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