たとえ外に出られなくても、おいしいお酒を楽しみたい。心と体に染み入る幸福の一杯。お酒を愛する人々の物語をお届けします。

酒屋冥利

 1店舗で年間10億円超を売り上げる全国トップクラスの酒販店、東京都多摩市関戸の小山商店の小山喜八さん(72)は2019年5月、社長を長男の喜明さん(45)に譲って会長となり、次男の喜治さん(43)も専務となった。その年8月、新宿の京王プラザホテルで「お祝いの会」が開かれた。発起人には「飛露喜」「奈良萬」「天青」「貴」「而今」「陸奥男山」「一白水成」といった人気銘柄の醸造元が名を連ね、無名だった頃から助言し、育ててくれた喜八さんに感謝の気持ちを伝えた。

全国の蔵元が集まった「お祝いの会」

 参加したのは全国の酒蔵の蔵元たち約200人。喜八さんが会を開いてもらったことについて酒屋冥利(みょうり)につきるなどと感謝を述べた後、「改めて、すべての蔵元を回らせていただきたい」とあいさつしたのは社長に就いたばかりの喜明さんだった。蔵元や顧客の信頼を勝ち得て、全国有数の酒販店へと大きくしたのは父の喜八さん、たとえ親子であっても、蔵元や顧客との関係を引き継ぐのは簡単ではない。会社同士でなく、個人同士の結びつきが強いとされる酒販業界で代替わりが難しいとされる由縁だ。喜明さんは、そうした困難が分かっているからこそ、「自分をもっと知ってもらう必要がある」と決意を述べ、覚悟を決めた。

思い知った父の信頼を勝ち取る努力

 父の喜八さんがそうであったように、喜明さんも、家業の酒屋で働くのは当然と考えていた。幼い頃から家族の暮らしの真ん中に酒屋の仕事があった。小学校か中学校の卒業アルバムには「日本一の酒屋になる」と書いた。でも、家業を初めて客観的にみることが出来たのは、ハンドボールの強豪・多摩市立多摩中学でスカウトされ、親元を離れてハンドボールに打ち込んだ福井県の北陸高校時代。ハンドボール部の監督の妻の実家が造り酒屋で、「小山商店は地酒の販売で有名」と聞かされた。
 喜明さんが、父が積み重ねた信頼の厚さを改めて知ったのは、東海大学でハンドボールの選手として活躍した後、小山商店に入って何年か後のことだ。仕事が多い割に人が少なく、朝から深夜まで御用聞きや配達に追われた。体調を崩して入院したり、店の運営方法を巡って父と言い争ったりもした。店の取引先だった鹿児島県の焼酎の蔵元、佐藤酒造を訪ねたとき、父への不満をつい口に出すと、佐藤誠社長(55)から叱責された。「(小山喜八)社長が持っているものが何だか分かるか、お客さんや取引先との関係をお前は持てるのか」「オレは小山喜八と付き合っているので、お前が後を継いだとしても、酒を卸すかどうかは分からない」。喜明さんはハッとした。折に触れて酒販店や蔵元との会合に顔を出すようになっていたが、蔵元と付き合えているのは父のお陰で、自らの力ではない。「自分の甘えや驕(おご)りに気付かされました」と喜明さんは振り返る。鹿児島から戻ると、それまで店の中でも「オヤジ」と呼んでいた喜八さんのことを、「社長」と呼ぶようになった。

多摩にあってこその小山商店

 小山商店は800種類以上の日本酒、300種類以上の焼酎・泡盛をそろえているほか、喜治さん夫婦が中心となり日本ワインの品ぞろえも充実させている。飲食店や遠方からの配送注文もあるが、顧客の中心は直接店を訪れる個人客。家計費やポケットマネーで晩酌用に求める酒の大半は一升瓶なら3000円以下、4合瓶なら2000円以下だ。

ワイン売り場も充実している

 コロナ禍で飲食店への出荷が減り、昨年度決算で売り上げは初めて減少に転じたが、喜明さんは「初めて来店する若いお客さんが増えており、逆に今がチャンス。また来てもらえるように、これまで以上にしっかりやろうとみんなと話しているんです」。客は知識の豊富な店員の意見を聞いてお酒を決める。店員は、客のお目当てがなければ、好みのタイプを聞いて近い酒を勧めるなど、寄り添うことも肝心だ。
 社長になって目指すことは何か。「お店に来てお客さんに喜んでもらい、小山商店でよかったと言ってもらいたい」。また、喜明さんの頭の中には漫画「サザエさん」に出てくる、商店街の酒屋「三河屋」の御用聞き、サブちゃんの姿が常にある。「多摩村のよろずや」として御用聞きを続けてきたことで、地域の人たちからは今も、旅行中の植木の水やりを頼まれたり、葬式の相談を持ち掛けられたり。都会では考えられない濃密な関係が続き、消費者のニーズにとことん応えようというよろずや精神が根付いている。

駄菓子や卵、調味料、缶詰も置き、よろずやのたたずまいも

 地酒の販売で圧倒的な知名度があり、デパートやテナントビルから支店を出さないかと話が持ち込まれるが、父の喜八さんは「支店を出すことは未来永劫(えいごう)ない」と断ってきた。喜明さんも「ほかの場所に店を出したら、地域に根差した小山商店ではなくなってしまう」と同じ考えだ。

ワインと異なる日本酒の精神

小山商店で扱っている日本酒の銘柄

 小山商店とはいかなる存在なのか。「お祝いの会」で発起人代表を務めた「飛露喜」の醸造元・廣木酒造社長の廣木健司さん(54)は「小山商店は昔ながらの家族経営と対面販売にこだわり、伸びてきた稀有(けう)な存在」とみる。世界に目を向ければ、欧米のワイン業界は、その長い歴史でワインの味わいを豊かにするだけでなく、輸出入を通じて戦略的に経済的価値を高めてきた。一方、日本酒業界は江戸時代から、酒は庶民が楽しめるよう手ごろな価格で提供すべきものという「正直商売」の伝統を受け継いできた。1本100万円すら珍しくないワインに比べ、同じ醸造酒の日本酒はほとんどの商品が庶民の手の届く範囲内にある。廣木さんは「小山商店は、その正直商売を家のDNAとして、強く持ち続けている。そして僕自身、日本酒の世界は、そのどこかに正直商売である部分を持ち続けてほしいと願っているんです」と言った。ディスカウントストアや通販サイトという新たな流通の手法が生まれても、よろずやが形を変えて生き残るように、日本酒業界に様々なビジネスの手法が持ち込まれても、正直商売のDNAは受け継がれていくはずだ。(クロスメディア部 小坂剛)

小山喜明(こやま・よしあき)】1976年、多摩市生まれ。ハンドボールの強豪・多摩市立多摩中学でハンドボールを始め、福井県の北陸高校、東海大学でも選手として活躍。北陸高校ではインターハイ準優勝。99年に小山商店に入社し、2019年に社長に就任。「無趣味だが、(お酒を)飲むことが趣味かも」。好きな言葉は「努力」。スポーツ万能ではなく、走るスピードには自信がなかったが、ハンドボールでキーパーとして活躍できた。頑張った分だけ報われると信じて努力するのが、自分の生き方。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

←「年商10億、驚異の酒販店・小山商店のよろずや精神と正直商売DNA(上)」
→「バーと一口に言うけれど、コロナで見えたオーセンティックバーの居場所とは?(上)」

あなたへのおすすめ記事