ソムリエの説明を聞く平出さん(左)。テーブルには精米歩合11%から33%の「くどき上手」

 お酒を愛する人々の物語をお届けします。

レストランで日本酒を

 それは日本酒の印象を覆される体験だった。世界に日本酒の魅力を伝える活動をしている平出淑恵さん(59)に、いろんなお酒を飲みながら、じっくりと話を聞かせてほしいとお願いしていた。地酒をそろえた居酒屋を予想していたが、指定されたのは東京・恵比寿のレストラン「ハレ ガストロノミア」。
 インターホンを押してオートロックを解除してもらい、エレベーターで2階へとあがる。隠れ家のような店で待ち合わせた平出さんは、「日本酒が世界に通用することを知ってもらいたくて、この店を選びました」とほほ笑んだ。多彩な日本酒に、手の込んだ料理を合わせたペアリングが楽しめるのだという。

サワラにくどき上手

 自家製パンや食後のデザート、小菓子を除くと、この日のコース料理は6皿、それぞれに久保田(新潟)、くどき上手(山形)、新政(秋田)、黒龍(福井)、満寿ますいずみ(富山)、東鶴あずまつる(佐賀)といった地酒通に知られる銘柄の酒の組み合わせ。
 食前酒の久保田のスパークリングに続いて出てきたのは、くどき上手が3種類。精米歩合が11%、22%、33%の飲み比べ。日本酒は米を削るほど雑味が減り、果実のような吟醸香がたつ。50%を超えて削ったものが高級酒の大吟醸に分類されるが、そこから手間と時間をかけてさらに米を磨いたぜいたくな酒。料理は、脂ののったサワラに、緑芯大根を使った緑のソース、さらに青紫蘇の葉、凍らせた青リンゴと西洋ワサビをのせた一品。サワラをいただき、磨き上げた米で醸した、くどき上手を続けて口に含むと、フレッシュな青リンゴと吟醸香がつながり、酒がサワラをさわやかに包み込んだ。
 シニアソムリエの資格を持ち、ワインにも精通する平出さんは「白ワインを幾つかイメージしてみましたが、酸がぶつかるというか、こんなまろやかにはならない」と言った。あまり知られていないが、ハーブや柑橘かんきつ系の果物は日本酒によく合うといい、平出さんの一押しはオレンジマーマレードに吟醸香のある酒の組み合わせだ。

秋田の酒を飲むための料理とは

 続いては、新政の「見えざるピンクのユニコーン」。水の代わりに酒で仕込んだ貴醸酒だ。「秋田のお酒を飲んでいただくためのお料理です」。ソムリエ・齊藤将さん(32)が運んできたのは、低温調理したフォアグラのコンフィに、甘く煮たいぶりがっこ、シソ巻きアンズをのせ、ピンク色のイチゴのメレンゲに、魚醤ぎょしょうのしょっつるが掛けられたひと品。

フォアグラに「新政」の貴醸酒という豪華なペアリング

 ぜいを尽くした食材と、豊潤で甘みのある酒が、口の中で絡み合う。柔らかいフォアグラと、かみ応えのあるいぶりがっこの食感が対照的で、その隙間に甘口の貴醸酒とイチゴのメレンゲ、シソ巻きアンズとしょっつるが漂う。「フォアグラには甘口の貴腐ワインというのが美食家の常識ですが、この日本酒も酸があってフォアグラにぴったり。日本酒の可能性を感じます」。平出さんは常にワインを意識している。
 料理と日本酒はどう合わせるのか。高山直一なおかずシェフ(45)は、酒蔵見学に行くと、蔵人がどんなものを食べているかを聞くことにしている。それが、お酒に合う料理を考えるヒントになるのだという。お酒の産地と食材の産地が近ければ、相性はよくなる。

日本酒は3口まで

 胃の底から実感した。相性が良ければ料理と合わせる日本酒は少なくていい――と。この日、注いでもらったお酒はすべて、お猪口ちょこに半分程度だったが、足りないとは思わなかった。そう伝えると、高山シェフは「日本酒はワインと比べるとアルコール度数が少し高いので、ひと皿につき3口まででいい。3口で成立するように意識しているんです」と教えてくれた。色々な日本酒を少量味わう方が、同じ酒をたくさん飲むより楽しい。深く酔わなければ、繊細な味わいも感じとれる。
 そして福井の黒龍にタラバガニのパスタ、富山の満寿泉に車海老えびと海老いも。北陸の酒は余韻に辛みを持っていて、甘みを含んだ甲殻類を食べたあとに、しまりを生むので相性がいいのだという。黒龍のかん酒とパスタには、両者をつなぐ白トリュフがのせられていた。

白トリュフをのせた料理と「黒龍」の燗酒

 最後に出てきたメイン料理にも驚いた。遠目にはデミグラスソースのかかったビーフシチューだが、実は和牛の頬肉とモツのミソ煮込み。そこに黒こうじを使った佐賀・東鶴酒造の「東鶴ブラック」。黒麹特有の余韻の長さと味の深みが、ミソの濃厚なうま味を整える。

店の定番のモツ煮込みに「東鶴」

ワインから日本酒へ

 イタリア料理店で料理長をしていた高山シェフが日本酒を初めて口にしたのは5年前。それまではワイン一辺倒。日本酒を深酒することがあった父への反発もあって、口にしたこともなかったが、レストランのペアリングで出された日本酒「寫樂」を一口飲んだ瞬間、魂をわしづかみにされた。「日本酒にはアルコールくさい酒というイメージしかなかったのですが、甘くて酸もあり、いい香りがした。ころっと変わりました」
 料理で酒の味も変われば、酒で料理の味も変わる。そこに無限の組み合わせがあるから面白い。高山シェフは暇さえあれば日本酒を求めて地方の酒販店や酒蔵、居酒屋を訪ねるようになった。2018年にオープンした「ハレ ガストロノミア」でシェフを任されると、200種類を超える日本酒を取り揃え、日本酒の可能性を追求するうちにジャンルの枠を超えた料理が生まれた。高山さんは「日本酒の多様性を知ってもらいたくて、日本酒に合う料理を考えています」と言う。

高山シェフ(左)と平出さん

 そんな高山シェフを笑顔で見つめる平出さんも、高山さんと同じくワインから日本酒へと向かったひとり。次回は、日本航空のCA(客室乗務員)だった平出さんが、いかに『日本酒を世界のSAKEにする』という天職へと導かれたのかをお伝えしたい。(クロスメディア部 小坂 剛)

平出淑恵(ひらいで・としえ)】 1962年、東京都町田市生まれ。短大卒業後、日本航空の客室乗務員となる。シニアソムリエの資格を取り、フライト先でワインを楽しんでいたが、あるとき日本酒に開眼。ワインで培った海外人脈を生かして日本酒の価値を広める社外活動に励む。2010年に日本航空を希望退職し、酒蔵ツーリズムで地方を元気にしたいと株式会社「コーポ 幸」を設立。全国の若手蔵元でつくる日本酒造青年協議会のアドバイザー、日本酒の魅力を広める人に称号を授与する「酒サムライ」のコーディネーター、地方の酒蔵7社の顧問もつとめる。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「『日本酒をワインに並ぶ世界のSAKEにする』という天職(下)」
←「縄のれんでタイムスリップ、江戸の居酒屋で飲む(上)」

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