「TOKYO SAKE FESTIVAL」の会場で。左はミス日本酒に選ばれた女性

 お酒を愛する人々の物語をお届けします。

そのワインのブドウは日本産?

 自分は何をすべきなのか。よくわからなくなることが誰にだってある。食べ歩きが趣味のCA(客室乗務員)だった平出淑恵さんもそう。母親に勧められて日本航空のCAになり、20代はフライト先の欧米でおいしいレストランを巡った。分厚いワインリストを見て格好良くオーダーしたい。ワインを勉強し、ソムリエの資格を取ったのは30代前半。勤務先の関連会社が、世界最大のワイン教育機関「WSET(ワイン・アンド・スピリッツ・エデュケーション・トラスト)」と提携し、日本にワイン学校をつくる際にはスタッフとして参加した。それなりに充実していたが、本当にやりたいことは何か、見えなかった。敗北感を味わう出来事もあった。
 日本のワインを海外の人に知ってもらいたいと、ワイン教育に従事する人たちの国際会議後のディナーで、日本ワインと知らせずに飲んでもらった。「さて、どこのワインでしょうか?」。専門家たちは「上質なワイン。ボルドー産?」と答えた。うれしくなって「実は日本産なの!」と明かす平出さんに、全員が聞いた。「ブドウは日本産なの?」。平出さんは「もちろんブドウも日本産よ」と説明し、「日本も頑張っているね」と褒められはしたが、どこか見下ろされているように感じた。
 ワインはブドウの産地でつくり、その生育環境がテロワールとして品質を左右する。海外の主要なワイン生産国ではブドウの産地や品種を法律で定め、国をあげて自国ワインのブランド価値を高めようとしていたが、日本は違った。輸入したブドウ果汁から作っても日本ワインを名乗ることができ、国産ブドウを使ったワインが少数であることは、海外の専門家にも知れ渡っていた。日本産のブドウを使ったものだけを日本ワインと表示する公的なルールが出来たのは、それから10年以上たってからのことだ。

心を奮い立たせるものは

 ワインはヨーロッパの国々が教育やコンテスト、宣伝活動を通じて、価値を高めてきた歴史がある。そこで日本の存在感は希薄だった。「彼らの文化に合わせるのではなく、日本の文化を認めてもらうことにこそ価値があるのかも」。そう思い直した頃、日本酒と出会った。

日本酒との出会いを振り返る平出さん

 たまたま足を運んだ京都・伏見の松本酒造で、利き猪口ぢょこに注がれた搾りたての大吟醸を味わった。猪口の底に描かれた青い二重丸を眺め、「米と水で作った清酒は日本そのもの。この猪口には日本が詰まっている」。考えるうちに、ひらめいた。酒蔵は日本中にある。日本酒が世界で飲まれる酒になれば、酒蔵を目当てに多くの外国人がやってきて、人口減少に悩む地方も元気になるはずだ――と。後に平出さんが「SAKEから観光立国」と名付けるアイデアが誕生した。
 ワインでの経験を生かして日本酒の価値を世界に広めることができれば、こんなにうれしいことはない。「CAになったのは母親に勧められたからで、ずっとなりたかったわけでもない。スポーツも苦手。何かに打ち込んだこともなかった自分が、30代後半でようやく人生の目的というか、やりたいことを見つけた気がしました」と平出さんは振り返った。

教育とコンテスト、ワインのネットワーク活用

 それから約20年。平出さんの夢は、ひとつずつ実現していった。
 日本酒を広めるには、ワインのネットワークを使えば早いだろう。そう考えた平出さんはまず、イギリスの飲食産業で働く人が学ぶ、ロンドンのワイン教育機関「WSET本校」で、日本酒講座を企画した。日本からは若手蔵元の全国組織・日本酒造青年協議会の会長や副会長を務める蔵元らが趣旨に賛同し、イギリスに渡って講師を務めた。
 そのとき受講生として参加したイギリス人バイヤーのサム・ハロップ氏が日本酒に興味を持ち、後にロンドンで毎年開かれる世界的ワイン品評会「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」の運営幹部になると、日本酒部門の創設に動いてくれた。
 年に1度開いていたWSETでの日本酒講座はその後、プロフェッショナル向けや初心者向けのSAKE資格講座へと発展する。この資格講座はWSETが展開する26か国3地域(イギリスを含む)に広まり、受講した生徒はこれまでに1万人を超えた。

WSETのSAKE資格講座も提供するキャプランワインアカデミーにて(東京・大手町)

 「日本食が海外に広がれば、日本酒も広がるというわけではない。海外の飲食店や酒販店で働く人たちが日本酒を知らなければ、市場に出回らない。一般消費者の前に、まず、お酒を扱うプロへの教育が大事なんです」と平出さんは力を込めた。
 平出さんは11年から外交官の海外赴任前研修で日本酒講座のコーディネーターと講師を務めてきた。最初は任意参加の自主講座だったが、在外公館の行事で日本酒を活用する機会も多いため、19年に必修化された。「20年版外交青書」は、「日本酒は外交活動の武器」のタイトルでこの講座を紹介し、「外交官一人ひとりが日本酒について深く理解していることが必要」と記している。

SAKEから観光立国

 客室乗務の合間を縫うように日本酒の普及活動を続けてきた平出さんだったが、活動に専念しようと2010年に日本航空を希望退職した。その翌年、IWCの日本酒部門で最高賞にあたるチャンピオン・サケを受賞したのが佐賀県鹿島市の富久千代酒造が醸す「鍋島」。「これを地方の活性化につなげられないか」。平出さんは知り合いのつてを頼って、国や佐賀県、鹿島市の関係者を訪ね歩き、酒蔵ツーリズムのイベント開催を働きかけた。
 地元の観光協会幹部をとりまとめ役に市内の六つの酒蔵が会員となり、「鹿島酒蔵ツーリズム推進協議会」が発足。翌12年から3月の2日間に会員の6蔵が蔵開きをし、それまで別々に開いていたイベントを集約し、無料巡回バスやスタンプラリーでつないだ。参加者は初回の3万人から毎年増え、隣の嬉野市の酒蔵が開いていたイベントと共同開催することで10万人規模にまで膨らんだ。受賞を地方の活性化につなげる「SAKEから観光立国」の成功事例となった。日本酒の可能性を確信した平出さんは毎年、チャンピオン・サケが決まると、受賞蔵のある地域で酒蔵ツーリズムを展開できないか、関係者への働きかけを繰り返している。

国内でも日本酒を

 平出さんが気がかりなのは日本人の日本酒離れ。日本酒の2020年の輸出額は約241億円で、10年前から3倍近くに伸びているが、国内の出荷量は10年前の約3割減。「ふだん日本酒を飲まない若い人に、飲んでもらうのは至難の業」というなかで、平出さんは芸能やゲーム業界の関係者らと「TOKYO SAKE FESTIVAL」を企画した。演歌歌手やアイドル、お笑いタレントのステージを見ながら、全国の日本酒が味わえる。昨年12月に秋葉原で開いた2回目のイベントには101蔵が参加。タレント目当ての若者が集い、アイドルやゲームのキャラクターを印刷したラベルの日本酒が販売された。
 「『推し』のアイドルが『日本酒いいよね!!』と発信し、アイドルを見に来たイベントでおいしい一杯に出会えば、日本酒にマイナスのイメージを持っている若者の印象もがらっと変わるじゃないですか」

日本酒のペアリングが楽しめる東京・恵比寿の「ハレ ガストロノミア」にて

 日本神話に登場し、神にささげられてきた酒。万葉の歌人や江戸の俳人がで、正月や結婚式にも欠かせない。「日本人が生まれながらに持っている宝であり、アイデンティティーのひとつ」(平出さん)である日本酒が、若い世代の意識から消えつつあるのだとしたら……。その伝統と価値を、日本の教育にも取り入れる必要があるのかもしれないと、平出さんの話を聞きながら感じた。(クロスメディア部 小坂 剛)

平出淑恵(ひらいで・としえ)】 1962年、東京都町田市生まれ。短大卒業後、日本航空の客室乗務員となる。シニアソムリエの資格を取り、フライト先でワインを楽しんでいたが、あるとき日本酒に開眼。ワインで培った海外人脈を生かして日本酒の価値を広める社外活動に励む。2010年に日本航空を希望退職し、酒蔵ツーリズムで地方を元気にしたいと株式会社「コーポ 幸」を設立。全国の若手蔵元でつくる日本酒造青年協議会のアドバイザー、日本酒の魅力を広める人に称号を授与する「酒サムライ」のコーディネーター、地方の酒蔵7社の顧問もつとめる。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

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