お酒を愛する人々の物語をお届けします。

常識を覆す価格で売り上げ急増

 2018年に発売を開始した「SAKE HUNDRED」は、異彩を放つ日本酒ブランドだ。代表的な商品「百光(びゃっこう)」の価格は四合瓶(720ミリ・リットル)で税込み2万7500円と、かなり高めで、黒い瓶や菱形のラベルの装いは既存の日本酒のイメージからかけ離れている。

「SAKE HUNDRED」のラインアップ

 筆者が存在を知ったのは、新型コロナウイルスの緊急事態宣言が出ていた21年9月の新聞の全面広告(※)だった。留め具をつけた酒瓶の上部を大写しにした写真に「お酒には心を満たし、人を豊かにする力がある」の言葉が添えられていた。斬新なメッセージ広告だったので、ブランドサイトをチェックした。
 サイトで商品の価格を見て、「この価格で本当に売れるのだろうか」と思った。「百光」「白奏(はくそう)」「深星(しんせい)」といったラインアップ8銘柄の主力は2万~4万円台で、高級ワインやウイスキー、シャンパン並み。日本酒だと、最高級の大吟醸酒でも四合瓶で5千円を超えることはあまりないから、常識を覆す価格だ。
 それでも、酒業界が苦戦を強いられるコロナ禍で驚くほど売れているのだという。21年10月期の売り上げは前年比13倍の約20億円だ。なぜなのか。ブランドを運営する日本酒ベンチャー「Clear」の代表、生駒龍史さん(36)にインタビューをお願いした。

パートナーの酒蔵に醸造を委託

 取材場所となった東京・神楽坂の日本料理店「ふしきの」に、生駒さんはタートルネックの細いストライプのシャツ、紺のジャケットといういでたちで現れた。両サイドの髪をカットし、爽やかな短髪だ。早速、ブランドを創業した狙いについて聞くと、よどみなく語り始めた。
 「ワインや時計、車には、安いものから、すさまじく高いものまである。でも、高級な日本酒はなかったのです。自分たちが高価格・高付加価値の市場をつくることで、日本酒の未来を切り開けると考えました」
 同社自身が日本酒を造るのではない。生駒さんや商品開発の担当者が考えた味や香りのイメージを「コンセプトシート」で各地の酒蔵に提案し、醸造を委託する。条件を満たしたものを商品化し、「SAKE HUNDRED」のブランドで販売する。「深星」であれば山梨県の山梨銘醸、「白奏」は熊本県の河津酒造といった具合に、地方の蔵元と協力関係を築きながら進めている。

価格は顧客体験の価値で決まる

 一体、どんな味なのか。「百光 別誂(べつあつらえ)」を飲んでみた。グラスに注ぐと透明でキラキラと輝き、サクランボやマスカットを思わせる、フルーティーな香りがした。口にすると深いうまみと、果物のような甘み、程よい酸味の、絶妙なバランス。余韻が長く、口の中にうまみが残った。
 「百光 別誂」には、これまでに飲んだことのある日本酒とは明らかに違う、上品な口当たりと繊細な味わいがあった。だが、この価格をどう感じるかは人それぞれだろう。

価格は消費者が体験する価値の総量で決まると、生駒さんは考える

 「商品の金額は原価が基準ではなく、お客様が体験する価値の総量で決まる」というのが生駒さんの考え。商品をネットで注文すると、冷蔵の宅配便で届く。高級感あふれる化粧箱を開くと、最高品質であることを保証するメッセージカードが添えられている。税込み2万7500円は、SAKE HUNDREDというブランドを体験するための対価だ。

安いのがダメでなく、安いものしかないのがダメ

高級な化粧箱に入って届いた商品

 日本酒業界は明治時代後期から技術革新が進み、大量生産・大量販売の方向に進んできた。大手メーカーに対抗する地方の酒蔵も、売れるからといって価格を引き上げず、酒販店や消費者との関係を大事にしてきた。ウイスキーやブランデー、ワインといった嗜好(しこう)品としての性格が強い洋酒に比べれば、日本酒は手ごろな価格で買える。
 生駒さんは「安い日本酒がダメということではなく、安いお酒しかないのがダメというのが僕の主張。安いものから最高級まで幅広い価格の商品があってこそ健全な産業です」と力説した。
 「SAKE HUNDRED」が発売を開始した初年度の売り上げは約5千万円だった。それが2年目は約1億5千万、3年目に約20億と急成長した。「最初の2年間は、高級レストランへの営業やコンテストへの出品など、信じるに足る商品であることを理解してもらうための実績づくりに使いました」と生駒さん。3年目から伝えることに力を入れ、一般消費者向けの販売も強化している。
 消費者への販売はすべてネット経由。ワインに親しんできた30~40代の若手、会社経営者といった幅広い層が購入しているといい、日本酒をふだん飲まない人たちの取り込みに成功している。同社は24年10月期の売り上げ目標を100億円に設定している。高価格の日本酒市場が定着するか、その成否は数年以内に見えてくるだろう。(クロスメディア部 小坂 剛)

 ※新聞広告はこちら

生駒龍史(いこま・りゅうじ)】1986年、東京都生まれ。2009年、日大法学部卒業。IT企業などを経て13年にClearを設立。同社は14年に日本酒専門ウェブメディア「SAKETIMES」を、16年に海外向け日本酒専門ウェブメディア「SAKETIMES International」を、それぞれスタートさせる。18年に「SAKE100」をリリース(20年に「SAKE HUNDRED」にリブランディング)。21年にベンチャーキャピタル「JAFCO」から総額12.95億円の資金調達を実施。生駒さんは、国税庁「日本産酒類のブランド戦略検討会」委員を務める。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

→「苦難と挫折の連続だった、日本酒ブランド『SAKE HUNDRED』創業者の転機」

←「父が本当に言いたかったこと、ココ・ファーム・ワイナリーという穏やかな場所」

あなたへのおすすめ記事