日本酒との出会いが人生を変えたと振り返る生駒さん

 お酒を愛する人々の物語をお届けします。

持たざる側の人間だった

 「高級な日本酒の新たな市場をつくりたい」。高級日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」を展開するベンチャー企業「Clear」の代表、生駒龍史さん(36)は自らと会社の目標を自信たっぷりに語る。ブランドの発売開始から3年目で年商は前年比13倍の20億円と急成長し、日本酒業界で注目を集めている。さぞ順風満帆な人生を歩んできたのかと思っていのだが、話を聞くと、「かつては何もかもうまくいかない苦難と挫折続きの人生だった」と意外なことを口にした。一体どういうことなのだろうか?

新潟の酒蔵を取材に訪れたときの1枚(2015年撮影)

 日本酒の事業を始める前のことについて、生駒さんに聞いたときのことだ。「小学校から大学まで、成功体験もなく、自分は何も持たざる人間だという意識を持っていました」。そう切り出すと、率直に学生時代を振り返った。人気者でもなく、見た目も地味だった。高校時代は周りにいる魅力的な同級生を見て「何で自分には何も取りえがないのだろう。いつか自分も何ものかになりたい」と感じていたという。

課題だらけの業界こそ起業のチャンス

 2年間のサラリーマン生活を経て、自分の力を試してみたいと起業する。電子商取引(EC)サイトをつくり、海外ブランドのアウトドア用品を輸入販売したが、資金不足に陥った。昼は交通整理と弁当屋、夜はコンビニと、アルバイトを三つ掛け持ちした。睡眠時間は3時間しかなかった。
 どん底にあった2011年、実家の酒屋を継ぐことになった大学時代の同級生から「日本酒の通販を一緒にやらないか」と誘われる。お酒は弱いし、日本酒に悪いイメージしか持っていなかったから、いったんは断った。だが、そのとき飲ませてもらった日本酒がびっくりするぐらいおいしかった。生駒さんが「自分の日本酒像が完全に崩れた。まさに人生を変えた一杯でした」と振り返るのは、熊本の「香露」という酒だ。
 生駒さんは、これを機に日本酒業界に関心を持つ。若い人の日本酒離れもあり、日本酒の国内出荷量は減少が続いていた。ウェブサイトやECサイトといったIT技術も十分に活用できていないように見えた。「課題だらけの日本酒業界は、起業家にとってはチャンス。よしやってみよう」と、いろんな日本酒を定期的に会員に届けるサブスクリプション(定額購入)のサービスを始めた。

お金は後からついてくる

 サブスクリプション事業で一定の成果は出したが、トラブルに直面し、撤退する。その後、14年に始めたのが日本酒専門ウェブメディア「SAKETIMES」だった。目指したのは、日本酒を知らない人も、このサイトを見ればすべてわかるという「情報インフラ」。どうやってもうけるかは、あえて考えなかった。「お客さんのためになるものをつくれば、お金は後からついてくる。短期的にマネタイズできるものは、あっという間に陳腐になっていくと思っていました」
 取材・編集の経験はゼロ。企画から取材、撮影、執筆、編集まで、すべて手探りで、全国の酒蔵を取材して歩いた。最初は生駒さんを含め3人のメンバーで運営し、毎月の役員報酬は額面15万円ほど。苦労して掲載した記事が「酒を造ったこともない若造が日本酒を語るな」と批判されたこともあった。

酒造会社で取材する生駒さん(2015年撮影)

 だが、続けるうちに、「取材して記事にしてほしい」という依頼が舞い込むようになり、有料の記事広告を作成して収入を得る道が開けていく。これまでに5000本以上の記事をアップし、月間読者は55万人にまで増えた。16年に始めた英語版のサイトは約160か国から閲覧されている。

日本酒に生かされた人生

 2018年にブランドを始めたときには、サブスクリプションサービスや、「SAKETIMES」を通じて得た知識やネットワークが役に立った。
 日本酒と出会ったことで、人生が大きく動き出したと、生駒さんは言う。「小学校から大学まで全然うまくいかなくて、勝負をかけたアウトドア用品での起業も失敗した。挫折続きの人生ですよね。それが日本酒で事業を始めたことで、世の中に初めて関心を持たれ、認められたような気がしました。僕の人生は日本酒に生かされていると、心から思っています」
 日本酒は国の税収源だったこともあり、業界を保護するため、新規参入が制限されてきた。だが、日本酒の輸出を増やそうと、国は21年度から輸出に限った製造免許を新設し、小規模な蔵が新たに日本酒造りに乗り出している。Clearも輸出に力を入れていく計画で、24年10月期に海外で約30億円の売り上げ目標をたてている。

「SAKE HUNDRED」の「百光 別誂」

 生駒さんは国税庁が設置した「日本産酒類のブランド戦略検討会」の委員として、日本酒の市場を広げるための新たなルール作りに提言を続けている。環境が整えば、既存の酒蔵がClearのような新興企業と協力する動きが、さらに加速する可能性もある。

世界は意志でできている

 「世界は意志でできていると思っています」。取材の最後、生駒さんは自らの世界観を披露した。スマートフォン「iPhone」がアップルの創業者、スティーブ・ジョブズの強い意志によって誕生したように、世の中はだれかの意志が起点になって動いている。世の中が人の意志と無関係にできあがっているわけではない。そういう趣旨だった。
 そして、生駒さんの意志を発動させたのは日本酒との出会いだった。「これまで日本酒はもうからない、やめたほうがいいとさんざん言われながらも、続けてきた。そのおかげで20億円の売り上げをつくることができた。これからも日本酒の可能性を追い求め続けます」。その意志がどこまで世界を変えられるか。物語はまだ始まったばかりだ。(クロスメディア部 小坂 剛)

生駒龍史(いこま・りゅうじ)】1986年、東京都生まれ。2009年、日大法学部卒業。IT企業などを経て13年にClearを設立。同社は14年に日本酒専門ウェブメディア「SAKETIMES」を、16年に海外向け日本酒専門ウェブメディア「SAKETIMES International」を、それぞれスタートさせる。18年に「SAKE100」をリリース(20年に「SAKE HUNDRED」にリブランディング)。21年にベンチャーキャピタル「JAFCO」から総額12.95億円の資金調達を実施。生駒さんは、国税庁「日本産酒類のブランド戦略検討会」委員を務める。

<筆者紹介>
小坂剛(こさか・たけし) 読売新聞クロスメディア部次長。秋田支局、社会部、メディア局などを経て現職。お酒と食べ物に好き嫌いなし。著書に「酒場天国イギリス」「あの人と、『酒都』放浪」(いずれも中央公論新社)。酒文化の紹介がライフワーク。

←「コロナ禍で急成長、高級日本酒ブランド『SAKE HUNDRED』が目指すもの」
→「衣食住酒の国でもっとビールを楽しく、ウエストコーストブルーイングから吹く風」

あなたへのおすすめ記事

不思議なバッジをつけて店頭にたたずむ木村さん