天守閣の高欄からは相模湾を南方に見渡し、吹き渡る薫風が肌に心地良かった。1960年に江戸時代の姿に復元された神奈川県小田原市の小田原城天守閣は、街のシンボルである。そこから10分ほど歩くと、小田原の味と雰囲気をたっぷり感じられるラーメン店「



開店11年の店は、歴史的な景観整備が進み、しっとりとした風情が漂う地区にある。古民家を改装したような、いかにも歴史を感じさせる外観だ。「味わいのある建物ですね」と、厨房で忙しそうにしていた店主の林祐司さん(52)に声をかけると、「関東大震災のあった大正12年(1923年)に、震災のあと建てられたそうです。古いでしょ。ほら、あの辺なんかも」と言い、むき出しになった天井の黒光りする太い





券売機はない。林さんに一番人気の


林さんが説明する。「鯵と名乗っているので、鯵を使っているんですが、基本的に8種類くらいの鯵の節、煮干しを細かく粉砕し、ブレンドした鯵粉を使うのがうちの特徴です。これに豚と鶏のスープを合わせています」。豚と鶏は、骨は使わず、肉だけからスープをとっている。肉のうまみを凝縮したスープがおいしいという結論に達したからだという。



低加水の中細麺は、このスープによくなじんでいて、とてもなめらかだ。自家製麺は、店の裏手にある製麺機で、2種類の国産小麦をブレンドし、毎日つくっている。打ち立てをすぐに出すのではなく、2日くらい寝かせてから使う。それが、なめらかさの秘密なのだそうだ。


ラーメンのてっぺんに、桜の花びらがあしらわれた

ラーメンと一緒にいつも提供されるという3種類のペーストで、味の変化を楽しめるのもうれしい。この日は、地元産の梅、自家栽培の葉タマネギ、ローストガーリックだった。これらのペーストは時期によってランダムに変わるそうだ。梅の酸味、葉タマネギの鼻に抜ける爽快感、ローストガーリックの香ばしさ。どれも意外なほどスープに合う。
生まれて初めて食べた木桶に入ったラーメンは意外性もあっておいしかった。スープの量もたっぷりあり、お

それにしても、なぜ木桶でラーメンを出すアイデアが生まれたのか。「店のあるこの場所が江戸時代、桶屋だったからですよ」と、林さんがあっさりと言う。ただ、実際に木桶で出すには随分苦労があったそうだ。アイデアは良かったのだが、一般の木桶では、使っているうちにスープが漏れ、1か月もしないうちに使い物にならなくなるという。

あちこち探し回った末にようやく見つけたのが、特殊な




地元出身の林さんは、沖縄の飲食業界で約10年働いた後、小田原に戻り、友人たちとこの店を開いた。「その後、仲間同士で意見が合わなかったり、いろいろなことがあったりして、1人抜け、2人抜けして、ぼくだけが残ったんです」と説明する。
店名は、かつて小田原にあり、地元の人々に愛されたラーメン店「味一」と、北条氏の音の響きをもらった。壱が付くから、店のオープンは2011年11月1日。林さんは、一番の味を目指し、改良を続けてきた。創業時は、小田原産の鯵を使い、スープをとっていたが、水揚げ量がだんだんと減り、今は鳥取県の境港産や長崎県産を使っている。だが何よりも大きいのは、鯵の干物を使わなくなったことだ。味を安定させることが難しいためだという。林さんは「どうしても朝と夕ではスープの煮詰まり方が違い、味が変わってしまう。魚は季節によっても違う。安定した味を出すために節や煮干しに切り替えたんです」と話す。

ようやく外国人観光客も戻ってくる兆しが出てきて、小田原も活気づいてきた。林さんの期待も自然と高まる。「もともと観光客の多い店です。小田原愛にあふれたラーメンをぜひ食べにきてほしい」。その声に力強さがあった。

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■鯵壱北條。
神奈川県小田原市本町3の5の22。営業時間は、午前11時半から午後4時。夜は営業していない。定休日は月曜日。ただし祝日の月曜日は営業する。