牛骨からスープをとる牛骨ラーメンは、鳥取県のご当地ラーメンだ。2009年に牛骨ラーメンを応援する「応麺団」が結成されて話題となり、ブームが到来して知名度があがった。本場の味を食べてみようと、老舗の一つ「お食事処 香味徳(かみとく) 鳥取本店」を訪れた。

本店は浜辺近くのドライブイン

店の近くの漁港

香味徳の外観。昭和のドライブインの雰囲気が漂う

 冬の雲が厚く垂れ込めた沖合から白波が規則正しく打ち寄せる。日本海に面した鳥取県中部の琴浦町。香味徳は、浜辺から近い国道沿いにあった。まず駐車場が広い。車20台は楽に駐車できるだろう。建物は、昭和のドライブインといった風情を醸し出している。さらに、店に入ると、懐かしい食品サンプルのショーケースと金色に輝く大きな招き猫が目に飛び込んできて、思わず「おーっ」と声が出た。この雰囲気だけで、「ごちそうさま」と言いたくなるではないか。

店頭に鎮座する金色のまねき猫

懐かしい食品サンプルのメニューは現役だ

大ぶりな牛骨を寸胴で

ラーメンを準備する武男さんの長男、孝さん

 「取材の件、聞いてますよ~」と、奥の厨房(ちゅうぼう)から男性の声が響いた。紙徳孝さん。2代目店主、武男さんの長男だ。さっそく店の看板メニューである牛骨ラーメンの並(600円)と、味噌(みそ)ラーメンの並(650円)をつくってもらった。「これが牛骨ですよ」と、孝さんは大きな寸胴で炊いているスープの中から牛骨をすくって見せてくれた。肉や脂がついた大ぶりな牛骨がいくつも出てきた。これを薄口醤油とともにじっくり煮込んでスープをとっている。見ただけで、味は間違いないだろうと確信させるものがあった。

寸胴の中には大きな牛骨がいくつも入っていた

見た目はシンプル、味は骨太

孝さんと女性スタッフが味噌ラーメンを準備する

 できあがった牛骨ラーメンは、クリアなスープに中太ちぢれ麺、その上にチャーシューが1枚、ねぎ、もやし、メンマ、ゆで卵半身が載っている。この店と同じように昭和の懐かしさを感じさせるラーメンだ。見た目はとてもシンプルで牛骨の主張を感じさせないが、スープを一口いただくと、牛骨のうまみがあっさりした味わいの中にしっかり出ている。甘みも感じられるスープはおいしく、どんどん飲めてしまう。
 味噌ラーメンは、(いた)めた野菜と豚肉に味噌を加え、牛骨ラーメンと合わせている。こちらは味噌が入った分だけ色の濃いスープになっているが、味は濃くない。味噌の香りがほどよく立ち上り、やはり食べやすいラーメンだ。

味噌ラーメンには炒めた野菜と豚肉が入っているため大きい

県知事も町長も来た「応麺団」

 ちょうど食べ終えた頃、コック服に身を包んだ82歳の店主、武男さんがゆっくりとした足取りで登場した。私の向かい側に腰を下ろすと、懐かしそうな笑顔で語り始めた。「この店の2階でね、県知事も町長さんも来て、応麺団の決起大会をやったんです。終わったら、みんな階段を下りてきてラーメン食べて。それで有名になって。新しいラーメン屋もいっぱいできました」。よく見ると、店内にはこの時の様子を伝える新聞記事があちこちに額に入れて飾ってある。応援歌までできたそうだ。

店主の紙徳武男さんと妻の春枝さん

ルーツは牛馬市に

 鳥取県中部から西部にかけては昔からラーメンと言えば、牛骨ラーメンだった。江戸時代から大山の麓で盛んに牛馬市が開かれ、牛骨が手に入りやすかったという歴史がある。鳥取は今もブランド牛「鳥取和牛」の産地である。これを、ご当地ブームに乗って県を挙げて売り出そうと、応麺団が結成された頃から牛骨ラーメンという名称が使われるようになったそうだ。
 一時のブームは去ったが、鳥取県内では現在、牛骨ラーメンを提供する店が倉吉市を中心に100店くらいあるとされ、創意工夫を凝らした有名店もある。その中で、老舗の香味徳は、ハンバーグ定食や親子丼、カレーライスといったメニューも充実していてラーメン専門店ではない。あくまで食堂なのだ。それでも、ブーム到来からは牛骨ラーメンが看板商品になった。店は、現在地の近くで1949年に武男さんの父が創業。だが父は42歳で他界し、武男さんは20歳の時に店を継いだそうだ。以来、60年以上にわたって店を切り盛りしている。

大ぶりの骨を叩いて毎日だしを取る

 香味徳のスープの特長は、毎日新鮮な牛の大腿(だいたい)骨とあばら骨を使ってだしをとることだ。朝から閉店まで火を絶やすことなく、牛骨だけをシンプルに煮込んでいる。翌日は古い骨は捨て、新しい骨を入れる。味は日によってばらつきはあるものの、あっさりしていてコクのある風味は変わらない。
 「大きな骨をたたくのが力仕事でねえ。何十年もぼくがやってきたけど、足が弱くなってきたから、最近は息子がやってくれます」と武男さんは話す。香味徳は、長男の孝さんが本店で働いていて、次男の真一さんが銀座で、三男の潤一さんがハワイで店を出している。息子たちはみな店の看板を継いでラーメン店を営んでいるのだ。さらに、孝さんの息子も店を継ぐ意志を見せているという。その話をする時、武男さんは、とてもうれしそうにチャーミングな笑顔を見せた。


森太さん
森 太(もり・ふとし)

読売新聞編集委員。ロンドン駐在中に日本のラーメンの魅力を再発見。アフリカ、欧州、社会部、国際部、運動部を遍歴し、読売新聞の英字新聞「The Japan News」デスク。The Japan NewsでRamen of Japan 連載しているほか、Delicious, Beautiful, Spectacular Japanを担当している。


【英語版はこちら】

Kamitoku Tottori Honten: No beefing about this specialty of Tottori Prefecture

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